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創作怪談 壱 『床下の武者』


バーチャル怪談作家・物書きVtuber 空亡茶幻(そらなきさげん)

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駿介さんの生まれ育った町はかなりの田舎で、小さい頃幼稚園に通園する以外は隣近所へ散歩に連れて行ってもらった記憶しかないという。

駿介さんの家の近所には山の中に社務所もない本殿だけの小さな神社がひっそりと佇んでいた。
町の祭りなどがあるとき以外はほとんど人が訪れないような場所であったが、よくこの神社へ祖父に連れられて散歩にやってきた。

駿介さんが5歳の頃、その日は春先の休日だったと記憶している。いつものように神社に連れてきてもらい祖父が石垣に腰掛けながら休んでいる間、いつものように神社の境内を走り回っていた。
「あんまり遠くに行くんじゃないぞー」
祖父が座っている石垣から声をかける。
「わかってるー!」
といつものように元気よく返して遊んでいた。

手入れもほとんどされていない苔だらけの手水舎。砕けて凸凹だらけの石段。ボロボロの注連縄が渡された鳥居。何度も来て見ているので幼心に飽きを感じていた駿介さん、いつもなら祖父の目の届くところで遊んでいたのだが、その日は探検と称して神社の裏手やあわよくば神社の本殿にまで入ってみようと思った。
しかしいざ神社の裏手に回ってみても、特に何があるというわけではなく苔だらけの石垣の上に鬱蒼とした雑木林が広がっており、薄暗い空間だけがそこには広がっていた。
ただ怖いもの見たさというか、好奇心が勝りそこに足を踏み入れたのだという。
すると何処からともなく音が聞こえてきた。

ガシャ ガシャ ガシャ ガシャ

金属がぶつかり合うような音で強く興味を惹かれたという。
どこかで誰か遊んでいるのかもしれないと思い一緒に遊んでもらおうと思ったのだ。
しかし狭い神社裏を探しても誰もいなかった。
それでも音はどこかで鳴り続けている。
駿介さんは耳をすませてその音の出所を探り、音が鳴っている場所を突き止めた。
どうやらその音は神社の床下から聞こえてくるようだった。

「今思えばそんなところから音がするなんておかしいんですがね、でも子どもって恐怖よりやっぱり好奇心が勝つこともあるんですよ」

駿介さんは神社の廊下の下部へと潜り込みのぞき込んで目を凝らした。
すると床下で何かが蠢いているのが見えたそうだ。
その正体がはっきりとわかるとさっきまでの好奇心は消え失せ途端に怖くなった。
それは、暗い床下をゆっくりと歩く一対の足であったという。
シルエットだけだが、何かを着こんでいるのかずんぐりとしているのがなんとなくわかった。

「うわあああ!」

思わず叫んでしまった。
すると床下を歩いていた足がピタリと止まり、鈍い音を立てて向き直りこちらに向かってまた再びゆっくりと歩き出した。

ガシャ ガシャ ガシャ ガシャ

暗闇からゆっくりと駿介さんの方へ歩いてくる足、床下に差し込んだ外光によってその姿が少しずつ解ってくる。
それはその時期家に飾られている五月人形のような鎧武者のものだった。
その鎧武者の足だけがゆっくりと駿介さんに向かってくる。
あまりの恐ろしさに尻もちをつきながら後ずさっていると、背後から不意に声をかけられた。

「おめえ何やってんだ?」

先ほどまで石垣に座って休んでいた祖父がそこにいた。
駿介さんは先ほど床下で見た鎧武者の足の話をしたが、祖父は「そんなもんいるわけないだろ。ほれ」と床下を指さした。
振り返ってみたが、たしかに床下には先ほどまで自分に向かってきていた両足はいなくなっていた。
その日はそれで自宅に帰ったのだが、床下の足のことが気になって仕方がなかったという。

それから数日後ある事件が起こった。
幼稚園の昼寝の時間、駿介さんが園からいなくなってしまったのだという。
昼寝を抜け出して園内のどこかで遊んでいるのだろうと思われたのだが、どれだけ探しても見つからなかったため大騒ぎになった。
小さな町だったため手すきの消防団員まで出ての捜索が始まったのだが、二時間ほどして駿介さんは意外なところで見つかった。
それは鎧武者の足をみたあの神社の本殿の中だった。
そこですやすやと眠っているのを発見された。

ただ、幼稚園からその神社までは5キロは離れており、当時5歳だった駿介さんの足では到底一人で歩いていくことはできなかった。
ならば誰かが誘拐したのかといえばそれもわからない。
幼稚園で昼寝をしていた駿介さんをわざわざ連れ出して神社の本殿に放置する行動の意味が解らず、周囲の大人たちも首を傾げた。
結局事件はうやむやのまま誰も話題に出すことは無くなったという。

「俺ね、あの時誰が俺を神社に連れてったかわかってるんですよ……」

駿介さんはそう言った。
自分は、それはどういうことか聞き返した。

「あの鎧武者の足ですよ。信じてもらえないだろうけど、アイツが眠ってる俺を神社に連れて行ったんです」

その日、幼稚園で昼寝をしていた駿介さんはふと目を覚ましたのだという。
そして何の気なしに教室の出入り口に目をやった。
するとそこに鎧をまとった五月人形のような足だけが一対並んでいた。
それを見た瞬間、怖さのあまり声も出せずに気を失ったという。

次に目を覚ましたのは外だった。
周囲の風景に見覚えがあり、神社近くの住宅地周辺だった。

ガシャ ガシャ ガシャ ガシャ

あの時聞いた音が響いている。
宙に浮いているような感じで、恐る恐る下を見るとあの鎧武者の足だけがゆっくりと歩みを進めているところだった。
背中に担がれて、神社に連れていかれる最中だったというのだ。
担がれているにもかかわらずそこに何かがあるという感触はなく本当に宙にぶら下がっているような感覚だった。
暴れればよかったのかもしれないが、怖くてそれどころではなかった。
足は神社の石段をゆっくりと登り、すり抜けるように本殿に入ると担いでいた駿介さんを床にゆっくりと下したという。
そして彼に何をするわけでもなく、また再び歩きだし壁に吸い込まれるように消えてしまった。
駿介さんはそれを見届けた後、またゆっくりと眠りに落ちたのだという。
大人たちに見つけられてからそのことを話したが、結局信じてもらえなかった。

「何だったんでしょうねアイツ? 足だけだったし、ただ神社に連れていかれただけなんですよね。今も何にも起こってないし……」

その言葉に自分は

「何かその地に所縁のある鎧武者の霊だったんじゃないですか? それこそその武者を祀った神社だったとか?」

と返してみたのだが、駿介さんは「それはない」と首を横に振った。

「いろんな人に聞いたり調べてみたんですけどあの町、歴史的にも合戦とかとは無縁の地域だったみたいですし、神社なんて言っても何を祀っているかもわからなかったんですよ。武者が落ち延びたなんて伝説もないし、そもそも何で足だけだったのかもわからないし本当になんだったんでしょうね……?」

駿介さんはなんとも納得できないといった表情で話を締めた。
その鎧武者は何処にルーツがあり、一体どこから現れてどこに消えてしまったのか。
本当に全くわからなかったそうだ。
ただ、駿介さんはその体験以来五月人形が怖くなってしまい、毎年端午の節句が近づくと憂鬱で仕方がなかったという。

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