小話エッセイ|黑人魚(ブラックマーメイド)①
==2023年7月某日==
~とあるマンションのクローゼットにて~
ーーねえ、ほらタグを見て?
「Fabric made in France」って書いてあるでしょ。
私こうみえてフランスで生まれましたの。
手触りがいいでしょう。
綿と麻、それにシルクがほんの少し入ったカットソー生地。
ま、それぞれの原料の由来は忘れたけれど、フランスに居たことは確かよ。
ーーえ? ラインがキレイだって?
ホホ、お目が高いわね。涼しげな薄萌木色のブラウスさん。まあ、モエモエって呼ばれてるの?フフ
いいわ、同じクローゼットのよしみで教えてあげる。
この裾にかけて広がる仕立てが決め手よ、モエモエさん。
マーメイドラインっていうの。黒いロングスカートってカッコいいでしょ。
私のこと、これからは黒人魚って呼んで頂戴。
ーーいえね、元々はいいお値段の札をつけて、セレクトショップに並んでいたの。
けど前の御主人は新しいもの好きでね。
ワンシーズンで古着屋に売られちゃったってわけ。
今度の御主人ったら、ずいぶん安く買い叩いていたけれど、すぐにアクロンで手洗いして、皺もすっかり伸ばしてくれて。
ふう、まるで生き返ったみたいだわ。
あの御主人、背が高いのが取り柄なのね。
マァあれなら私を穿いても許せるかな、なんて。
ホホホ期待してるわ。
ーーえ? 期待しすぎるなって?
そういうあなたは・・アラッ、キャリア女性が憧れるあのブランドのワンピース。
淡いブルーグレーの色がいいわね。
冬の空みたいな色だからお冬さんなのね。
それで、期待するなってどういうことなの。
ーーなになに、ここの主人は? え、お出かけする所なんてありやしない?
せいぜい週末に自転車でイオンに行くのが関の山、ですって?
イヤよ、私もっとオシャレな所に連れてってほしいの。
パリやミラノなんて言わないから、せめて銀座か青山、この際立川でも我慢する。
とにかく都会の風に吹かれたいの!・・
==数週間後==
黒人魚さん! 黒人魚さん!!
――お冬、一体どうしたの?
たいへんよ、皆さん。
今、クローゼットの扉の隙間から見えたの。
御主人に穿かれてイオンに行った黒人魚さんが、ズタズタのぼろぼろ、変わり果てた姿で帰ってきたの。
ーーええっ、ズタズタのぼろぼろ?
ーーどういうこと??
(まさかの)次回につづく
※次回更新は、8/10(木)の予定です。
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