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【小説】何でも屋ワンダー・パレスの霊能力者 第2話

 洋館へ連れてこられた辻が、広い敷地と絢爛な建物に唖然とする。ミキは彼を車から降ろして、玄関の方へと連れていった。
 蔵彦が車を裏庭の車庫へ入れて戻ってくる。大扉の前で待っていたミキや辻と共に、鍵を開けて中へ入った。
 温かくとろりとした匂いがロビーまで漂っている。乳白色が脳裏に浮かんだところへ、お静の顔が首を長く伸ばしてロビーに現れた。
「うわぁ!」
「人の顔見ていきなり何だい。失礼な」
「お静、ただいま。今日はシチュー?」
「お帰り。そうだけど、そいつが電話で言ってた男かい?」
「そう。依頼人が探してた、辻さん」
「何だ、幽霊じゃないか。ろくろ首見て驚いてるようじゃ、大したことないね」
「しょうがないでしょ。幽霊なんてほぼ人間みたいなもんなんだから」
「出来るまでまだかかるから、部屋で大人しくしてな」
 キッチンへと戻る首と別れ、三人は二階へ上がる。
 一階と同じように左右に廊下が伸び、それぞれ四部屋ずつ並んでいた。
 右の廊下へ入り、三番目の部屋に入る。
 ベッド、テーブル、椅子、クローゼットと、ゲストルームと呼ぶには豪華過ぎる調度品が赤紫の絨毯の上に置かれていた。
「辻さんの部屋はここになります。好きに使って下さい」
「好きにって、こんな凄いとこ、いいのかよ」
「ゲストルームは全部こんな感じだから」
 ミキは誇らしげに胸を張る。だが、辻の戸惑う気持ちもわからなくはなかった。
 蔵彦とミキも自室に戻り、夕食が出来るのを待つ。
 しばらくすると、ミキの部屋に少し重めのノック音が響く。開けば、前髪の少し乱れたお静の首があった。
「出来たよ。二人も呼んできな」
「はーい」
 前髪を直そうと手を伸ばすが、自分でやると首を引っ込められる。お静はそのまま首を戻していった。
 蔵彦と辻の部屋へそれぞれ呼びに行き、一階へと降りる。
 食事は応接室の奥にある部屋で取っていた。他の部屋二つ分の広さの中に長いテーブルがどっかりと居座る。
 テーブルの上で、シチューの湯気の柱が四つ立っていた。
「美味しそう……」
「お静の作るご飯は本当に美味しいの」
「昔は男に振る舞うことも多かったからねぇ。あの時はこんな渡来ものは無かったけど」
「渡来ものって」
「お静は少なくとも江戸時代から生きてるから」
「長生きにも程があるだろ」
 辻が漏らした言葉を逃すお静ではない。
「婆さんとでも言いたそうな顔だね」
「そういうつもりじゃ、ないんですけど」
 色気が気迫を増幅させ、辻に押し寄せてきた。彼も思わず敬語になる。
 このままではご飯が冷めてしまうとミキはお静をなだめて、ようやく食事が始まった。
「で、一体何があって幽霊がここに来たんだい?」
 お静に聞かれて、ミキは一番にため息を吐く。
「聞いてよ、もー! 大変だったんだからね! こうして辻さん見つけたまでは良かったの。その後、辻さんがいきなり妖怪に襲われて、そうしたら菊近の人も現れて妖怪退治始めて。でも、なかなか倒せないし辻さんは助けてくれないし。だから、あたしが近くにいた大鼠に頼んで追っ払ってもらったんだけど、菊近の人が御船に邪魔されたって怒っちゃって、何か大変な事になってきちゃったわけ!」
 ミキの矢継ぎ早の説明を聞き終えたお静がしかめっ面を見せた。
「菊近だって? 厄介な連中が出てきたもんだね。あんた、何したんだい」
 お静に詰め寄られて、辻はすっかり畏縮してしまう。
「何もしてないですよ。あっちが急に襲ってきて」
「菊近の人は何も話してくれないし、襲ってきた妖怪にも逃げられちゃったし」
「蔵彦。あんまり大事にしないでおくれよ。大家同士がぶつかると面倒しか起きないんだからね。特に菊近は」
「そんなに仲悪いんですか?」
「菊近はプライドが高いの。自分たちが大家で一番強いんだって偉ぶって、他の家との衝突も多くてね。まぁ、菊近に限った話じゃないけど」
「家に損害をもたらした一般人に霊獣差し向けて襲ったなんてこともあったねぇ」
「そんな人たちだったんですか」
「そんな連中と揉めちまって、本当に大丈夫かい?」
「ちゃんと話せば大丈夫だよ」
 ミキたちの心配をよそに、蔵彦はのんびりとシチューを味わっていた。

 遠い日の華やかな面影が、その町にはちらほらと残っていた。菊近の豪奢な家もその一端を担っている。この町で五本の指に入るほどの広い土地を漆喰の壁が囲っていた。さながら城壁である。
 よそ者を黒々とした鋲の目が睨み、侵入者を巴瓦の爪が捕らえる。ミキはこの厳めしい門の前に立つ度に身をこわばらせていた。
 蔵彦とミキは門の前に立ち、じっと待つ。呼び鈴を鳴らす必要は無かった。
 鉄錆をきいきいとこすりながら、脇戸から人が出てきた。戸の横で恭しく一礼する。
「貞信様より仰せ付かっております。どうぞお上がり下さい」
 二人は案内人に会釈を返して門をくぐった。
 母屋へ伸びる石畳の道は、車一台が通れるほどの幅がある。玄関前で右に曲がって、家の脇から奥へと抜けていた。
 左に目を向ければ、ここだけで家が一軒建ちそうな広さの庭がある。その三分の一を占める池には石橋がかかっていた。ほとりには点々と石灯籠が置かれている。庭を囲むように松や楓が植えられていた。
 玄関の戸を引かれて家の中へと入る。
 三和土を上がると、唐獅子と虎の屏風絵が来訪者を鋭い目で睨んでいた。
 屏風の前を通って、庭を左手に廊下を進む。
 家の一番奥まった部屋の前で案内人が膝を付き、襖の向こうへ声をかけた。
 おう、という少し枯れたような声が中から届く。
 襖が開かれ、二人と家主の視線が絡んだ。家主の細く釣り上がった目が蔵彦をじっと睨む。
「入れ」
 二人はとげの刺すような声色で招き入れられた。四十畳もの大広間を家主に向かって真っすぐ進む。
 家主の三メートルほど前で座り、深く一礼した。
「お久し振りです、貞信さん」
「話は聞いている。よもや御船が出しゃばってくるとはな」
 貞信が挨拶も無しに、苦々しい顔で吐き捨てる。
「たまたまですよ」
 顔付きを更に険しくした。よほど、蔵彦の穏やかな物言いが気に入らないらしい。
「何でも構わんが、やつはこの菊近が討伐する。今後一切、やつに近付くな。無論、我らの邪魔立ても許さん。大家の一角といえども容赦はしない」
「では、あの妖怪について教えてもらえませんか?」
 眉間の皺が一層深く、内側へと刻まれた。
「貴様には関係の無い事だ。答える義理は無い」
 一方的に切り捨てても、蔵彦の穏やかな表情は崩れない。
 貞信の視線が、刺し貫かれるかというほどに鋭くなった。
「もう一度言っておく。やつに手を出すな。万に一つも邪魔しようものなら、我が霊獣の餌食になると知れ」
「貞信さん。それから」
「何だ」
「一緒にいた大鼠の事なんですが」
「地下のドブネズミ共など、手を下す価値もない」
 強い声音で言い捨てて、部屋を出ていく。
 重圧が一気に消え去った。ミキは風がすっと通るような心地になる。広い部屋が更に広く感じられた。
 家を出た二人は、近くの駐車場に停めていた車に乗り込む。
 辻と大鼠がいるのにも構わず、ミキは大きなため息をついた。
「あー、もうやだ。あの家行くの、本当疲れる!」
「ミキちゃん、菊近の家に行くといつも大人しくなるよね」
「だって、家から何からみんな、あたしのこと睨み付けてるみたいで、息が詰まるわ」
 ミキは背もたれに体の全体重を預ける。蔵彦がふっと微笑んで見つめてきた。
 それに気付いたミキはぶっきらぼうに目をそらす。
「ほら、もう帰ろ。これからどうするか考えないと」
「そうだね。一度、よく〝視て〟みた方がいいかもしれない」
「おい。俺のことはどうなった」
「大丈夫だよ。襲わないって」
「なら、いい」
 大鼠の声からわずかに安堵の色が覗いた。
「で、またどこか行くのか」
「ごめんね。もうしばらく付き合ってもらえると助かるよ」
「さっさと済ませろよ」
 大鼠の機嫌をこれ以上損ねると、折角の〝言霊〟が無駄になる。ミキは蔵彦をせかして車を発進させた。

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