見出し画像

【小説】珀色の夢 1




 街中に人の姿が無かった。
 太陽はまだ東の方にあって、空は青い。
 定食屋もコンビニも開いているのに、客も従業員もいなかった。
 この街には今、紗絵一人しかいない。
 車の通っていない大通りに目を向けると、彼女が気付くのを図ってか、横断歩道の信号が青に変わった。
 交通整理の意味を失った信号を渡って、紗絵は人を探し歩く。
 人が消えてしまっている事以外は、紗絵が暮らしている街の風景そのままだった。
 家に戻ろうか、あるいは通っている高校に行こうかとも考えた。
 でも、こんな状況じゃ、きっと誰もいないよね。
 虚しくなるだけなのでやめた。
 大通りに対して平行に走る小道を三つ渡ると、この辺りで一番大きな公園がある。
 春は桜、夏はお祭り、秋は紅葉、冬は初詣。敷地内に小さな神社を持つ事もあって、年間を通して人の集まる場所だった。
 道を渡って公園の前に立つと、風が遊歩道を真っ直ぐ吹き抜けて紗絵の長い髪を揺らす。
 人の姿は見当たらなかった。
 公園の広さが、紗絵の心を侵食する虚しさを一層深くしていく。
 紗絵は息を一つ吐くと、公園の中へ入っていった。
 もう、人探すのやめよ。
 この公園でこんなに人がいないというのはそうそう無い事だった。せっかくの機会なので、貸し切り状態の公園を楽しむ事にする。
 何をしようか考えていると、遊具のある場所の近くに背の低い広葉樹があるのを思い出した。小さい頃はよく、近所の友達と登って遊んでいた。
 誰もいない今なら、高校生になった今の自分でも恥ずかしくない。
 だだっ広い遊歩道の真ん中を弾むように駆け抜けて目的の場所へ向かうと、木は今もそこにあった。
 その木に近付くなり、紗絵は早速登り始める。一番低いところの幹の分かれ目に手を掛け、体を引き上げた。枝の上まで足を上げて、分かれ目の上に立つ。次に、自分の斜め上にある太い枝に手を掛けて、枝に腹ばいになるようにして体を引き上げた。続いて枝の分かれ目の上に足を上げて、腹ばいの状態から起き上がる。ちょうど、枝をまたいで座る格好になった。
 下の方を見てみると、クレヨンで粗く塗り潰したような地面が意外と近く感じる。
 昔はもっと高かった気がしたんだけど。
 虚しさが更に増した。

「凄いな。そんなとこまで登れんの」

 突然に声を掛けられて、紗絵はバランスを崩しそうになる。
 今まで誰もいなかったのに。あたしが探してないとこにいたのかな。とにかく、何か言わないと。
 紗絵は地面を見回して声の主を探すと、紗絵のちょうど真横の斜め下に男性の姿があった。
 少し癖のある短髪に、鼻筋の通った柔らかい輪郭の顔付き。
 何より驚いたのは、その目だった。細められている上に遠くから見ているというのに、木漏れ日を受けて金色に煌めいているのがわかる。
 鋭い輝きに胸を突き刺され、紗絵は目が眩んだ。
 はっと目を覚ますと、母が掃除機を掛ける音が耳に飛び込んでくる。
 自分の部屋のベッドの上で、紗絵は夢を見ていた。



ここから先は

0字
この記事のみ ¥ 100
期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

サポートいただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いします。