見出し画像

【小説】珀色の夢 8




 我ながら随分と遠くまで歩いてきたんだなと紗絵が思ったのは、町の中に田んぼが現れるようになった辺りからである。
 イズミは元より誰の顔も見たくなくなった紗絵は、人の少ない郊外へと足を向けた。
 都会ではたくさん見かけた人の姿も、少し離れると姿が無くなる。人がいない事による冷め切った静寂が空間に貼り付いていた。
 イズミといえども、そこまで多くの人間を食べていたわけではないのだろう。この夢の中にいる人間の絶対数が少ない為に、都心一極集中の構図がはっきり現れていた。
 この辺りなら人が来る事は無いだろうと、紗絵は田んぼの前を通る二車線道路の縁石に座り、車道に向けて足を伸ばす。
 ここまで来る間も、車は一台たりとも通らなかった。
 広々としたアスファルトに足を投げ出して、ふらふらと揺らしてみる。
 立ち止まった事で考える余裕が生まれると、彼女はあの時のイズミの様子を思い出した。
 紗絵が泣いた時、イズミは何も言わなかった。放っておく事も出来たのに、泣き止むまで紗絵のそばにいた。
 泣いている自分を面白がっているのかと思ったら、イズミの方が辛そうな顔をしていて驚いた。
 どうしてそんな顔をしているのか尋ねようとしたら、イズミはさっさと立ち上がって何処かに行ってしまった。
 あの表情が、歩き疲れて立ち止まる度に浮かんでくる。
 何であんな顔したの? これが貴方の望んだ事じゃないの? ここは自分が楽しむ為の箱庭なんじゃないの?
 疑問に頭の中をかき混ぜられていると、イズミの言葉がふっと浮かび上がってきた。

ここから先は

536字
この記事のみ ¥ 100
期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

サポートいただけましたらとても嬉しいです。よろしくお願いします。