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いのちの授業、お蚕編

絹糸を作りだすお蚕さんを知らない人はいないのですけれど、繭の方は置いておいて…お蚕さんの、大人の姿をご存じですか。繭から出てきてその後、どんな風になるのかを……。


小学校の時のことです。
飼育観察でお蚕を育てることになりました。学校の裏手には、餌となる桑の木があったので、私たちは毎日交代で葉っぱを摘んでは、せっせと世話をしました。

10匹以上はいたと思います。桑の葉っぱさえきらさなければ、飼育箱に蓋がなくても、お蚕はそこから逃げ出すことはありませんでした。

やがてお蚕たちはいよいよ肥えて、担任はいつ繭になってもいいようにと、厚紙で蚕棚を作って箱の隅に設置してくれました。すくすく育つお蚕と、はしゃぐ私たちに、担任も満足げでした。全ては順調でした…。


そしてある日。

お蚕はほぼ一斉に繭になりました。夜のうちに。しかも、あれだけ飼育箱の中で安泰にしていた彼らは逃亡しました。箱の上、壁いちめんに画鋲で貼ってあった、私たちが描いた絵の裏にです。画用紙のたわみの隙間で、各々繭になっていました。わざわざ担任が準備してくれたお蚕棚で繭を作ったのは、3個もあったでしょうか。

予想外のワイルドな事態に、私たちは「わあぁ…」と言うより他に仕方がありません。この時点でお蚕は、もう今可愛くユーモラスな私たちの虫さんではなくなっていました。しかしもう、見守るより他に仕方がありません。


数日後。

はっきり覚えていませんが月曜だったのかもしれません。土日の二日間見ないうちにそうなったということかもしれません。

登校すると、すでに教室では「わー」という歓声…ではなく、悲鳴があがっていました。

お蚕たちはマッドなアイボリーの、立派な蛾の姿に。ところがまったく飛べませんでした。そればかりか、彼らは今しがた大人になったばかりだというのに、早くも教室の壁のあちこちで交尾を始めていました。いつまでも…。しかも、すでに卵を産み付けているものまで。私たちの絵にも、黄色い卵がポツポツと…。

いったいどういう感情を持てばいいのか、小学生の頭ではもはや分かりません。でも、こう思ったのです。生き物というのは何か…とても計り知れない。人の手には負えない。ただ唖然とするしかありませんでした。


羽をばたつかせる姿。栄養の塊のような黄色く透き通る卵。私には計り知れない別の世界を生きている。全てをさらけ出して生きている…。


その後、お蚕、というかカイコガですけれど、それを担任がどうにかしてくれたはずですが、そのあたりのことはよく覚えていません(笑)。

お蚕さんは桑の葉を食べて繭になり絹糸になる。そんな漠然とした知識しか持っていなかった私たち。飼育観察は、おそらく担任のイメージからはほど遠い顛末となったわけですが、でも、これほど嘘のない、充実した授業はありませんでした。

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