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「この電車はいつ動くの!?あなた駅員でしょ!?」女性の様子は尋常ではなかった。

台風7号が大きな爪痕を残しながら日本の胴っ腹を横切っていった。いった後も付近のJRは乱れに乱れて、今日になっても東海道新幹線は動いておらず、各駅は大混雑していると昼の報道は伝えていた。
そのニュース映像を眺めていて、過去の出来事を思い出した。自分がどこにいて、どこに向かっていたのかも全く思い出せないのだが、その光景だけは鮮明に覚えている。

私は駅のホームにいた。
新幹線の出発が遅れる、というアナウンスが流れている。それが自分が乗ろうとしているものなのかどうか全く思い出せないのだが、私は特に急いでいるわけでもなく、一人ぼんやりしていた。

近くで女性の厳しい声が聞こえた。

「いつ動くの!?どうして分からないんですか!?……あなた駅員でしょ!!」

驚いて声のするほうを見た。女性二人が、ホームで対応していた駅員男性に詰め寄っていて、そのうちの一人が声を荒げて男性の胸元を突いた。
駅員は何も言わず、黙ったまま彼女の言葉を受けとめていた。

突如遭遇したシリアスな状況に私はギョッとしたが、すぐに、あっ、と気がついた。

女性は涙声を絞り出し、狼狽に全身が震えだしそうになるのを必死に抑えていた。その姿は尋常ではなかった。

それを見て、分かった。

彼女たちは、何か、とても重大な事情があって、今すぐに、何としても発たなければならないのだ。例えば親の危篤、子どもの危機…。
そして駅員の男性は、それを察して何も言わずに、彼女のやり場のない怒り、狼狽を、黙って受けとめていた。

きっと私も彼女のように、自分の怒りや苛立ちを、見知らぬ誰かに、誰かの胸に受けとめてもらいながら、今日まで生きてきたのだろう。


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