短編•第五話
東北地方の海沿いの街には妖怪伝説がある。
その名も線香花火の精。いかにもな名前に吹き出しそうになってしまったが、会社の後輩の仲野君が真剣な顔で話すので堪えることにした。ここで線香花火の精について簡単に紹介する。
察しの良い人は想像できるかもしれないが、線香花火の精は実に人間的な妖怪である。
言い換えれば、普通の人が線香花火の精のフリをすることだってできる訳だ。側から見れば、人混みに紛れている線香花火好きの人なのだから。
更に言えばこの街には花火工場があり、主力商品が線香花火であることから、地元民の購買欲を高めるために花火職人か誰かがこの噂を流したという可能性だってある。
仲野君自身も、この出所不明の伝承に便乗して線香花火の精ごっこをする人を何人も見てきたというのだ。正体が分かったものの、相変わらず仲野君の表情は真剣なままだった。
「話が少し逸れるんですが、僕には中学時代に一人の同級生にからかわれていたんです。」
「だいぶ逸れてるね。」
「大崎光里って女子生徒で、何かの間違いで彼女をお母さんって呼んでしまってから僕に毎日のように絡んできたんですよ。中学を卒業すると同時に東京へ転校するまで。」
高校に入学してからは、からかい好きの光里さんがいない静かで平凡な毎日を過ごした。そして仲野君は高校3年生の時、縁日で見覚えのある顔を見つけた。
「もしかして、それって……」
「もしかしなくても光里でした。砂利の空き地で線香花火をしながら私服姿で一人で立っていたんですよ。例の線香花火の精ごっこだと思って、僕は近づいて行きました。目が合うと光里は僕を見ていつものニヤけ面をしたんですけど、何かいつもの彼女ではない違和感を覚えたんです。」
終始無言な上にいつもみたいに自分をからかいにやってこない、光里が涙を浮かべながら自分の体を抱きしめた後にどこかへ駆け出してしまった。仲野君はその時の状況をありのまま説明してくれたが、急な展開に理解がついていけない。
仲野君はすぐさま光里さんの後を追ったが、見失ってしまい再び会うことはできなかった。こうして私と話をしている現在も、ずっと。
「ここからが重要なんです。あの後光里にLINEをしてみても返信はおろか、既読すらされない状態が続きました。次に光里のお母さんへ親交があった母を介して連絡を試みたんです。そしたら光里は東京へ転校して以来、一度も地元へ戻ってきてないそうなんですよ。」
「それって、縁日にはいなかったってことだよね?じゃあ、その光里さんは……」
「馬鹿げた話だとは思いますが、本当に線香花火の精だったのかもしれないと思って。それに中学卒業後の光里の近況を母に聞いてみても、元気にしてるとだけ言われたんです。それも何かを隠しているようで嘘臭い感じがしました。」
結局、現在も光里さんのその後について明確なことは分からないままだ。縁日で見た光里さんは線香花火の精だったのか、中学卒業後はどうなったのか。天命尽きて秋になりかける夏空にを見上げて、儚い美しさを感じた。
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