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僕だって、『それからはスープのことだけ考えて暮らした』(吉田篤弘)と人生を振り返りたい

HAKOMACHI 一日一冊 2/31冊目

社会人になってからは読書が染みる

この本から想起するのは、深夜の街を1人歩きながら、高校からの友人と語らった記憶です。
社会人2年目から3年目にかけての僕は、終電をしばしば逃していました。逃すことに対してタフでした。

仕事が終わらずに会社にいながらにして終電を逃し、同期と飲んではギリギリまで一緒にいたくて終電を無くし、日本橋から当時住んでいた江戸川区の葛西まで、2つの川を渡り、辿り着く、みたいなことがしょっちゅうでした。

その日も、たしか、終電ギリギリまで粘って仕事をし、終電を逃し、
仕方ないなあ、歩いて帰ってやるか、と歩いている途中のことでした。
友人が登場するのは、電話を介してです。

よりどころ

その頃から、高校の同級生4人でグループ通話が流行っていました。
その頃僕たちは社会人2年目。北海道、茨城、東京とバラバラに社会人1年目をスタートさせており、リアルで会うことを半ば諦めていました。
そんな時に、世の中には、流行病が蔓延し、家にいる時間が長くなりました。そして各々が孤独から耐えられなくなり、誰からともなくグループ通話を始めた。
最初は、人狼ゲームをやる会でした。
メンバー4人と、さらにその友達も読んで、朝が来るまで語り合うのです。
一番地獄だったのはワインディングロード・ゲームです。絢香さんとコブクロさんのWINDING ROADを、それぞれがワンフレーズずつ歌い、被らずに最後まで行けたら成功、というものなのですが、4人でやってうまくいくわけがない。
でも、やっているうちに、息が合うというのか、うまく相手の間を読めるようになっていて、奇跡的に最後は歌い切ることができたのをおぼえています。

本が、ではなく、読書が、いいな、と感じた

そんな、通話グループ。その時はそのうち1人の友人がまずはかけてきてくれたのだと思います。彼は彼で、丸の内に行ったところ、そこで繰り広げられるキラキラした幸せムードに毒されて、疲弊している様子でした。僕はその話を聞きながら、下町の町工場とスナックの合間を歩いていきます。

川沿いの公園近くにたどり着いた時、自分がこんなことを口にしたのを覚えています。
久しぶりに物語を読んで、本を読む時間っていいな、って思ったんだよね、と話しました。
その時の仕事漬けの生活には、全く必要のない内容だったからこそ、生きるってそもそもこうじゃねえか、みたいな安心感が得られた、ちょっといい小説です。

本自体との出会いは、本好きの知り合いが、インスタグラムに上げているのを見たから、だった気がします。これもありがたい。

それからはスープのことだけ考えて暮らした 吉田篤弘

僕もできるならそんなふうに生きてみたいさ

この本を手に取った時の正直な心の声僕も、スープのことだけ考えて暮らしたい、というものでした。
そんな暮らしがあったらどんなにいいだろうか。
今日はコーンポタージュで、明日はミネストローネ。
今晩はクラムチャウダーにして、明日のお昼はビシソワーズにしよう。
最高です。スープのことだけ考えられたらどんなにいいか。
タイトルだけで、その豊かな暮らしを感じさせる、素敵な小説です。

リアルさ

この本はサンドイッチ屋さんが舞台なのですが、別に、なんてことのない、サンドイッチ屋さんのリアルな日常が描かれているだけなのに、なんだが心が豊かになった気がするのです。
サンドイッチを作る上で大切なことは、パンの生地に指の痕を残さないこと。当たり前のようなことが書いてあるようでいて、そこにはさらに意味を持った深淵が広がっているのではないかと、読む者に思わせるような。皆が一様に何かを心に背負っていて、それを重く受け止めるでもなく、でもある程度は自覚しながら適度な緊張感と緩さで存在している、その雰囲気なのです。
これを文章で描き出せる。これは素敵だなと思いました。

言葉の綺麗さ

吉田さんの文学には、いつも癒されます。言葉を愛していて、言葉から愛されているような感じがします。僕が感じた、読書するっていいよな、という感覚。これもきっと彼のそんな魅力が生み出す、一つの作用なんだと思います。

今日から僕は何のことを考えて暮らそうかな。
みなさんはどうですか?



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