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【男の自画像-3】NY直行便

 1992年3月14日 17時05分 成田国際空港ニューヨーク直行便UA802便。今、高度21、000フィート。新婚旅行のグァムに続いて2度目の海外旅行となる。外は暗い。真っ暗である。隣には、英語が堪能な同僚の松本さん、近畿日本ツーリストの添乗員Mさんさんが隣にいて心強い。現在、日本時間で19時30分。さあ身も心も時差もアメリカになろう。

 夕食の機内食はチキンだった。相変わらず狭いテーブル。海外での機内食は、新婚旅行以来だ。あの頃を思い出しながらひとりで食べるチキンは旨い。

 「つまようじ」が両方とんがっている。初めて見た。これは海外旅行者向けなのだろうか、僕が知らないだけで国内でもあるのだろうか?外旅行者向けなら、米国の合理性が伺える。隣のTさんは、チキンに日本から持ってきたチューブ入りの下ろし生姜をベチャベチャとかけて食べていた。旨いのだろうか。借りようとも思ったが遠慮した。

 食後のコーヒーを注文するのに『can I have a coffee』といってしまう自分がおかしい。日頃は、「コーヒー」なのに外国人CA(しかも美人さん)の前だとかっこつけている自分に照れる。自分の耳が赤くなっているのがわかる。機内では、大半の人が眠っている。約13時間のフライトでは眠っている方が正解なのか。近畿日本ツーリストの添乗員のMさんさんが、出発前の合同説明会の時に「機内では、充分に睡眠を取ってください」と言っていたのを思い出す。

 食後のホワイトワインが冷たくておいしい。昨日は、お客様と新宿歌舞伎町で朝3時まで飲んでしまった。お客様なので3軒目まで付き合った。さすがに今日のことを考えると4軒目は考えてしまう。ここは、部長に任せて自宅にタクシーで帰った。仕事とはいえ、お付き合いは、疲れる。自分もこの辺で少し眠るとしよう。

 眠れない。腰が痛い。もう7時間もすわりっぱなしだ。シートが狭い。ジェット音がうるさい。隣の添乗員のMさんさんは、スーツ姿でスースー寝ている。Mさんさんは、海外に約30回は行っているという。旅慣れたものなのか。天性なのか。不思議な人に思える。海外旅行のガイドは、一見カッコが良いが大変だろう。まさに体力勝負である。

 日本時間0時00分、朝だ。雲が低い、グァムの時とは雲が違う気がする。航路の高さにもよると思うが、どんよりと平らだ。グァムの時は6月。NYは3月。時季も違う。そして、海の違いもあろうが、グァムのように空は青くない。入道雲のようにダイナミックさがない。NYまで後、5時間。近付いて来た感じがある。

 「科学の耳栓」イャーウィスパー。初めて使ってみたが、なかなか調子がいい。正直言うと家で着ける練習をした。機内では、いつも使っているかのように颯爽と使用する。カッコイイ。海外旅行豊富なMさんと一緒なのはこれだけだ。

 出発前の東京駅でのTさん。よれよれの黒っぽい薄手のチェックのコート。お世辞にも綺麗とはいえない短い髪。いつものぎょろっとした目。右肩から前にかけたショルダーバック。そして、西武の紙袋。そう、あのスーパーで良く見かける茶色の安っぽい紙袋である。まるで修行にでかける坊主のようないでたちである。同じ事を思っていたらしい近くの横浜支社のSさんと目が会い、お互いに笑ったのを思い出した。今、その紙袋が僕の足元にある。Mさん、財務部次長。NYに2年間在住。雰囲気が出ている。

 暗く長い夜をじっと絶えながら飛んでいる。腰が痛い。長時間座ったままの飛行は疲れる。しかし、NYに行けると思えば、この辛さを忘れる事ができるのか。
1992年。ハイテクが進んだとはいえ、この苦痛に耐えないとNYに行けないのか。地球は大きい。地球は青い。そして、こうして飛んでいると地球の大きさが分かるような気がする。

 飛行機に乗る度に思う。第二次世界大戦。戦闘機もこの青い空を飛んだのか。
若い戦士は、何を思って飛んだのだろう。美しい空。この青さ、この白さを見ていたら何もかも忘れられたのか。死ぬ事さえも。自分よりも若い人達が何をおもって飛んだのかを考えるとやるせない。なぜか胸が痛む。

 そして、未だ見ぬ、偉大なるアメリカへなぜ戦いを挑んだのか。何がそうさせたのか。窓の景色は素晴らしいが、飛行機に乗る度に戦争の事を考えてしまう
 飛行機も電車のように楽しくならないものか。『北斗星』号のようにホテルのような食堂車がついたり、スーパービュー『踊り子』のように展望車がついたりしたら楽しいと思う。狭いシートに座っているのはいささかつかれた。
せっかく、アメリカに行くのならカジノでも楽しみながらの旅にしたいものだ。

がんになってから、「お布施をすると気持ちが変わる」ことに気がつきました。現在「認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ」に毎月定額寄付をしています。いただいたサポートは、この寄付に充当させて頂きます。サポートよろしくお願い致します。