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姪のダンスを見つめる輪(日記)

(約3ヶ月前の日記です。書きかけだったものを、今さら整えてみました…)

1歳半になる姪は、人見知りをしない。先日久しぶりに会った際にも彼女はちっとも恥ずかしがらずにわたしに抱きついてくれて、そのあとで彼女の親であるわたしの姉と義兄と、わたしたち夫婦と、わたしの両親の前で、最近おぼえたという童謡と踊りを披露してくれた。

てをたたきましょう。とんとんとん。とんとんとん。

ふたつに結った髪の毛はまだひ弱で、頼りない箒のような毛束がぴょこぴょこと弾む。

あしぶみしましょう。とんとんとんとん。とんとんとん。

たどたどしい口調。よろけるような足取り。それでも少しつり目のその瞳は真剣で、わたしたちを順番に見つめる。
むかしあまり笑わなかった父は今やその姿もなく、目尻をしわしわにしながら嬉しそうに微笑んで、母も喜んで、わたしもその歌を一生懸命にきいて、夫も「じょうずだねぇ」と喜んで。

そのまんなかで、姪が踊る。

「わあ、じょうずねえ」
「もう一回やってみて」

これ以上にないほどに顔を緩めて、みながくちぐちに言う。輪の中で、姪は照れたように笑ったあと、もう一度踊り出した。

不意に、この光景をしっている、と思った。


ちいさな姉妹が、輪の中で歌って踊っている。
おおきな声で歌いながら、手をひらひらとさせて踊る。歌は「三百六十五歩のマーチ」。姉は、適当に踊る妹に「ちがうよ、こうよ」と舌足らずの口調で教えては、手を揃えてジャンプする。へらへらと笑いながら姉の真似をする妹は「こうよぉ」とオウム返しをして不真面目に飛び跳ねる。

「ちがう!こう!」。姉は厳しい。妹は一応それを見つめ、にやにや笑いながら、適当に真似をする。

おじいちゃんが「ふたりはすごいのお」と笑って、隣でおばあちゃんが「ほんとね」と笑って、ビデオをまわしているお父さんが「もう一回やってごらん」と言って、お母さんが果物をもってきて「じょうずね」と言う。その幸福な輪っかの中で得意げになんどもなんども踊りを披露している姉妹。それは、わたしと姉なのだった。


この幸福の輪っかを知っている。どこをみても知った顔が笑ってくれる。もう一回披露すれば、もう一回褒めてもらえる。この安全で、幸せで、くすぐったくなるほどに温かな輪っか。


姪が踊るのを見つめながら、わたしは長い年月を経て真ん中を譲って、今や輪っかを構成する一員になったのだな、とはっきりと理解した。ほとんど忘れかけていても、わたしは確かに、やわらかい時間をずいぶん多く味わってきた。だからもう、わたしは輪の真ん中にいなくてもへいき。

お歌が終わって、姪は嬉しそうに笑う。照れて、くすくすと笑いながら、倒れこむように母親である姉に抱きつく。

歌は途中で途切れたし、踊りは途中で忘れたらしくブラブラと手を持て余す時間だってあった。でも「ちがうよ、こうよ」とは姉は言わなかった。その代わりに「じょうずね」と頭を撫でる。妹のわたしはそれを見つめて、そうして、あと数ヶ月で生まれてくるわたしの子供の頭を姉がしているのと同じように撫でてやろうと、思った。

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