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勇敢なおつきちゃんのこと

足先に冷たくて濡れたなにかが触れたとおもったら、それは大体、犬のおつきちゃんの湿った鼻先である、という暮らしに少しずつ慣れてきた。これを書いているいまも、彼女はわたしの足の甲を鼻先でツンと触れてどこかへ行ってしまった。

おつきちゃんが家に来てから、あっという間に1ヶ月が経ち、生後3ヶ月が過ぎた。体重は1キロにも満たなかったところから2.2キロにまで増えて、日に日に顔つきも変わっている。前日まで覚えている気配すらなかったトイレが次の日には上手にできたり、つい数日前に教えた「くるん」という一芸があっという間に完璧にできたりして、その成長のはやさに驚きとすこしの寂しさを感じずにはいられない。もうすこしゆっくり大きくなったら? と彼女の背中に話しかけるけれど、時の流れに逆らうなど馬鹿げたことだとしっている彼女は相手にせず、木のおもちゃで遊び続けている。

1ヶ月も経てば、彼女のことがすこしだけわかるようになってきた。

まず勇敢であるということ。
家に連れて帰るまでの1時間弱の道のりも怖がるどころかすこしねむって過ごし、はじめてサークルに降ろした瞬間も尻尾を振ってはしゃいで、まだよく知りもしないわたしたちに尻尾を振って駆け寄ってきた。「わたしたち、家族になったんだよ」という言葉を全身で受け止め、新しい暮らしにまったく疑問を持っていないところも勇敢だと思った。洗面所も寝室も仕事部屋も初めて見たときからスタスタと歩いて探検して、抱っこ散歩にも怯えず、病院も平気。注射をしても耳掃除をされてもウンともスンとも泣かず、家へ帰ってからも疲れを全く見せない。雷もチャイムもあたりまえに受け入れて、わたしの「コラ!!」という怒り声も「やめて」という悲痛な声も、まったく気にしていない。だって勇敢だから。

そのうえ、自立している。
ひとり遊びが上手で、ひとりでおもちゃを投げてひとりで飛びついては、まるでボールが生きているかのようにすこし跳ねて避け、もう一度飛びつく。お気に入りは、わたしが贈ったボールでも夫が贈ったパペットでもなく、ペットボトル。世界で一番おもしろいものを見つけたような顔で遊んでいる。もちろん一緒に遊ぶのも大好きでよく遊びに誘ってくれるが、彼女が何かに夢中なときは目の前で踊って遊びに誘っても無視される。
家にきた初日から夜泣きもせず、お留守番もすこしは「ヒン」と言ってみせるが無駄だと知るとすぐに穏やかに考え事をはじめる。
ひとりでねむり、「一緒にお昼寝しよう」と抱きしめても嫌がってすぐに離れてしまう。まったく媚びない。「もしかしてわたしたちのことが嫌いなのでは」と不安になったときもあったが、朝目覚めて挨拶をしにいくと尻尾がちぎれそうになるほどに喜んでちょびっとおしっこを漏らして喜ぶし、仕事部屋から出てくるだけで、何をしていても駆け寄ってくる。たぶん「好き」とか「嫌い」とかそんな次元ではなく、自分以外のものとの距離感をわきまえている犬なのだ。すこし寂しいときもあるが「自分の時間を愛せることは大事だからね」と言い聞かせている。


そして、集中力がある。
「おすわり」「おて」などの訓練はかなり気に入っているし、好きなおもちゃはずっと齧りつづけている。コンセントカバーは絶対に剥がしたいし、トイレシーツは絶対に破りたい。たとえわたしたちが「こら!」と怒ったり、缶に小銭を入れたものをガシャガシャと鳴らして驚かそうとしたりしても無駄である。なんていったって、勇敢なので。
そしてその集中力ゆえ(?)、ねむるときはいつも夢を見ている。小さな口のなかで微かに「わん」と吠える声を頻繁に聞く。おそらく夢のなかでも何かを一生懸命に追いかけているのだ。

勇敢で、自立していて、集中力がある。
わたしが何年経っても手にいれられないものを、彼女は生まれた時から持っている。なんにも気にせずに鼻を右左に揺らしながらひとつひとつを五感で学ぶ彼女を見て「すごいね、つきは。強いねえ。強いっていうのは、人生を楽しむ勇気があるってことだよ。つきにとっては当たり前だと思うけどね、強いひとは多くないよ」と話しかける。


3ヶ月といえば、人間で言う5歳にあたるらしい。1年も経てば、人間で言う15~18歳になってしまうのだとか。
きっとその頃までに、彼女もいろいろな感情を取得していくんだろう。一瞬で成長していくおつきちゃんのその横で、ゆるやかに変化していきたい、わたしも。

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