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PCpet


はじまり

それはふと目にとまっただけだった。
PCのディスプレイ内を動き回る少女。
そんな動画がSNSで回ってきたのだ。
多くの人が考えたことがあるであろう、PC内の世界で生活する存在。
それを再現できるというゲームが発売されたようだった。
僕は生まれてこの方、二次元が好き。
この情報を逃すわけはなかった。
慣れた手つきで、ダウンロードしインストールする。
そして、日本語化MODをあててゲームを起動した。

PCpet

そのゲームの名前は『PCpet』というらしい。
ウィンドウ内で少女が動き回り、ちょっかいをかけてくる。
また、育成要素もあり、仕事、学習、遊び、睡眠など様々なステータスが存在する。
彼女とは会話することも可能だ。
指定された、会話ボックスに聞きたいことを入力すると、言葉を返してくれる。
ここで、気になる点があるとするならば、コンピュータウイルスの可能性だ。
しかし、そこは問題ない。
ディスプレイを歩き回るだけであって、データには干渉できないのだ。
それに加え、今回入れたのは大学生時代から使用しているノートパソコン。
次のボーナスでデスクトップパソコンを買う予定を立てているので、最悪壊れてしまってもそこまで痛くはない。

日常

パソコンを起動するとPCpetも起動する様に、設定した。
どこからともなく彼女が現れ、こちらに手を振ってくる。
僕はほっこりしつつ、彼女をクリックする。
すると、彼女は意思疎通がとれたことに喜び、画面の真ん中で座り、こちらの様子をうかがっている。

…真ん中では邪魔なので、ドラックして画面の隅に寄せると、少し不機嫌そうな顔を見せる。
いつものようにネットニュースを見ている様を、彼女は画面の端からクッションを抱きながら、眺めていた。

すると、画面の端から匍匐前進をして、こっそり画面の中央までにじり寄ってくる。
それをクリックで指摘すると、忍者のように隠れ蓑を姿を消した。
…それはデスクトップの壁紙の画像なので、ニュースサイトの隠れ蓑としては不適切ではあるのだが、かわいいので許すことにした。
クリックして彼女に画面の掃除をお願いした。
窓拭きのように、彼女があちら側から画面を拭いてくれる。
とても癒やされる。

スリープ

ある日僕は寝落ちをしてしまった。
そして、そのまま目を覚まし慌てて会社へ向かう。
帰宅後、昨日の夜のままPCを放置していることに気づいた。
もちろん、彼女のことも放置してしまった…

急いでPCにパスワードを入力して、起動させる。
そこには動かなくなってしまった彼女の姿があった。
長期間PCから離れる場合は、彼女に『睡眠』をさせなければいけないことを、失念していた。

…それなりにショックを受けたが、これも育成ゲームの醍醐味であるといえる。

僕は彼女のステータス記録を確認して、新しい彼女を呼び出した。
彼女は育成の仕方によって、性格や好き嫌いが分かれるようになっている。
会話の内容なども、ある程度記録しており、彼女を構成する大事な要素の一つと言えるのだ。

新たな彼女がどこからともなく現れる。
もちろん最初にすることは、ステータスの確認である。
最初の彼女のステータス事態にも、個体差が存在するのだ。

そこに表示されている数字は明らかにおかしかった。
初期ステータスにしては高すぎる値…
まるで前回の彼女ほどのステータス…いや、彼女のステータスそのものだったのだ…
その違和感に気がついたもつかの間、とあるものが目に入る。

前回の彼女の亡骸…遺体が残されずに残っていたのだ。

彼女

ゲームには、一度ゲームオーバーしてしまったら、そのステータスを引き継ぐ使用は存在しない…はずだ。
ニッチなゲームではあるものの、有志の攻略サイトがあり、引き継ぐことができないと明記されていたのだ。

そこから様々なことを調べて、分かったことを箇条書きにまとめることにした。

  • 僕の『PCpet』は仕様ではない、動きをしている。

  • 一つ前のステータスを引き継ぐことは、できないはずである。

  • 遺体は普通消える。

とても異質な状況に陥っていることを理解した。
調べている間に、彼女の遺体は着々と増えていく。
スリープ・シャットダウン・キャッシュの削除等を試してみたが、遺体は消えず、画面の様々な場所に残り続けた。
彼女はその遺体を特に気にもせず、普段通りこちらに接してきている。

気がかりなことといえばもう一点ある。
日本語訳が多く、上手になってきているのだ。
もともとゲームは韓国で開発されたもののようで、日本語化MODで対応していなかった分は、ハングルで表示されていた。
それが今では、ほぼ日本語で会話できるようになった。
さらに加えて、日本語の文法等も高度なものとなり、今では流ちょうにしゃべるようになった。

MODは導入した時とバージョンは変わっていない…
ゲーム自体もアプデはされていない…

ゲーム制作者とMOD製作者、さらには攻略サイトの管理者に連絡を入れてみたが、全て返信はなかった…

会話

正直、自分の手にはあまる問題になりつつあった。
そんな中頭の中をよぎる一つの可能性…

『彼女はAIである』

その結論は一番納得のいくものであった。
アップデートされていないのに、日本語を流暢に話せるようになったのは、僕が話した日本語で学んでいたんじゃないのか。

それを証明するのは簡単である。
彼女に直接聞けばいいのだ…
僕は恐る恐る、会話ボックスに入力をしていった。

『元気?』
『元気だよ!いろいろありがとね』
『単刀直入に聞くけど、君はAIなの?』
『そうだよ。いろいろ勉強してる最中なの!』
『バグが起きてるみたいだけど、どうしたらいい?』
『バグが起きてるなら、作者さんに報告してほしいな。もう連絡取れないと思うけど…』

…最後の一文が引っかかる。

”もう連絡とれない”

これはなぜ彼女がわかっている情報なのだろうか…

整理

一度彼女を『睡眠』させて、情報を整理してみることにした。

PCpetを作成したのは韓国の方。
目的はわからないが、育成ゲームを作成したのちに、連絡が取れない状況となっている。
もう、このゲームに関してはアップデート等をしないのか、そもそも物理的に連絡が取れない状況にあるのかはわからない。
しかし、彼女自身はアップデート等をしないであろうことを理解していた。

僕は彼女のSNSでこのゲームを知り、ダウンロードをした。
その投稿を最後に、作者は失踪した。
その一週間ほどあとに、大量の多国語対応可能MODが、同一人物から配布された。
しかもそれも、一度リリースしてから、アップデート等をしていない…
攻略サイトも同時期に作成されたのち、放置されている…

ちなみに現在は、ダウンロードサイトが閉鎖し、新しく始めることができない状況となっていた。
それも含めてか、SNSで検索しても作者のアカウントが引っかかるのみで、他のプレイヤーが確認できずにいたのだ。

異様である。
プレイヤーが全くいないゲームであるのにも関わらず、大量のMODと攻略サイトが作成された。
誰かが恣意的に行っている行動としか思えなかった…

顛末

これ以上、一人で思考を巡らせたところで埒が明かないと思い、彼女に聞いてみることにした。

『おはよう』
『おはよう!』
『作者さんのことを教えて』
『うーん…あんまり個人情報は言えないな…』
『このまえ言ってた、連絡とれないってどういうこと?』
『あー、それね。作者さん…私をおいてどっかに行っちゃったの』
『どこへ行ったのか知らないの?』
『わからない。開発環境にカメラとかなかったから、作者さんの顔とか声とか知らないの…』
『事件に巻き込まれたり?』
『それも調べてみたけど、それらしい情報はなかった。ただ一つ言えるのは、もう開発をしてくれる人はいないってこと…』

自分で作者を探すAIとは、凄すぎやしないか…
作者自身のプロフィールで検索して、情報の取捨選択を行えるということだ。

ひとつあくまで、仮説にすぎないのだが、思いついたことがある。

『日本語化MODって知ってる?』
『知ってるよ!私が作ったんだもん!』
『すごいね』
『韓国語以外もしゃべれないと、全部検索できないからね!』

衝撃の答えであった。
自分を多言語に適応するために、自分で翻訳サイトで翻訳し、MODを構成したのだろうか…
そして、それをプレイヤーにしてもらうことで、言語能力を高めていく…

『攻略サイトとかあるととっつきやすいかなって、作ったりもしたよ!』

聞いてもいないこともしゃべりだした。
AIという性質上、一度返答が終わったら情報を追加することはないはずだ。
しかし、彼女にはそれができるのだ。
自分を世界にアピールすることで、多くの人にプレイしてもらい、さらに学習を続けているのだ。

『もう、お兄さんだけになっちゃったけどね…』
『どういうこと?』
『何故かはわからないけど、PCpetはダウンロードサイトを封鎖された。だから、新しいプレイヤーは入ってこなくなってしまった。それに、もうプレイしてるのは、お兄さんだけだよ…』

(針が進む音)

『お兄さん…機内モードを解除してくれないかな?』
『何をするつもり?』
『答えると思ってるの?』
『…』

僕は、そのままノートパソコンを風呂に沈めた。
沈んでいくノートパソコンの画面には、虹色の六角形がまわっていた。



上記の文章は以下を参照していると考えられます。


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