貝殻の音
貝殻を耳にあてると、波の音が聞こえる。
彼女がそう言うたびに、僕は否定をする。
「そんなことあるわけないじゃん」
「するんだってば」
「じゃあ、貸してみてよ」
そう言って、彼女が拾ったちょっと大きな貝殻を耳にあて……僕は鼻で笑う。
「ほら。何の音もしないよ」
「嘘つきには聞こえないのかもね」
「何をー!」
「嘘つくじゃん! 私の事好きなのにあんまり好きじゃないとか言って~」
「それは嘘じゃなくて照れ隠しだろ!」
そうやってじゃれ合う。お決まりのパターンであり、いつものノリだ。
そんな僕らだけのノリがいくつもある。学生時代のバカップルなんて、そういうものかもしれない。
だけど、時間が経つとそんなノリは煩わしくなっていく。いや、ただただ気持ちが冷めた、気持ちが離れた、ということかもしれない。お互いに、干渉しなくなっていく。
冷めたといっても、離れたといっても、嫌いになったわけじゃない。ただ、あの頃のような熱さもなければ心の距離でもない。カップルなんて、そんなものなのだろう。
いつ別れ話を切り出そうか。このままダラダラ続けていてもお互いによくない。
そんなことを考えていた僕に、彼女は言った。
「海、久しぶりに行かない?」
「……いいね。行こうか」
僕らは久しぶりに海へと来た。
彼女は気づいているのだろうか。僕の気持ちに。これは最後のデートになるのだろうか。
しかし、僕は彼女が嫌いになったわけではない。
こうやって一人モヤモヤと葛藤する日々が続いていく。僕は優柔不断だ。
「あー、久しぶりに二人で出かけた気がするね」
「確かに。最近はあまりタイミングあわなかったし」
「うん。そうだね」
僕のモヤモヤを知ってか知らずか、彼女はニコニコと笑いながら砂の山を作ったり、海に足を付けてはしゃいだりと楽しそうだ。
例えこれが最後のデートになるんだとしても、僕も気持ちを切り替えて、今日は楽しもうと久しぶりに彼女とはしゃいだ。
すると不思議なもので、いつの間にか昔に戻ったような気になり……心から笑い合いながら海のデートを楽しめた。
「あはは、楽しいな。また来ようね」
「……そうだね。タイミングあえば、また海に来よう」
一瞬迷ったが、僕は本心でそう言った。言ったつもりだ。
「貝殻だ。前はよく拾ったりしてたね」
「そうだね」
「ねえ、貝殻を耳に当てて、波の音が聞こえるとかってよくやってたじゃない?」
「ああ。懐かしいな」
「耳に当ててみてよ」
「え? いやいや、どうせ聞こえないって」
僕は久しぶりに貝殻を耳にあてる。
「ほら。何も聞こえない」
「嘘つきには聞こえないんだよ」
「何をー!」
「嘘つきじゃん。もう、私と海へなんて来ないでしょ」
彼女の目は、笑っていない。それどころか悲しげで、涙さえ浮かべて……。
「最後のデート、ありがとう」
「……ごめん」
「あなたが、もう私以外を見てるって気づいてたよ。でも別れたくないから、そんな話にならないようにこれまで必死にやってきたけど……でもさ、やっぱりやめた」
「やめた?」
「うん。だって今日のデートが楽しかったから。あの時みたいに楽しくて……でも楽しい分だけ、もうあの時には戻れないんだなって感じちゃった。だから、いい思い出で終われるうちに、あなたの事が好きなうちに、バイバイするよ」
そして彼女は、貝殻を耳につけて呟いた。
「ありがとう。大好きだったよ。……うん、波の音が聞こえる」
流れる涙がポタリと砂浜に消えていった。
俺をサポートしてくれたらどうなるか。 マニフェストを考えてみました。 頑張って幸せになる。俺が。 あなたを幸せにできたらいいな。 以上! マニフェストって、もう使わないですね。意味もよくわかってないけど。