カレーは”文明の味”がする

かつてインドはイギリスの植民地だった。
そのインドから宗主国イギリスに伝わったのが、各種の香辛料だ。
東インド会社のイギリス人たちが故郷に帰り、かつて親しんだインドの味を偲んだのであろうか、色々なスパイスをミックスしてインド料理の再現を試みた。
 なかでもとりわけ目端の利いていたのが、エドモンド・クロスとトーマス・ブラックウェルという二人のイギリス人だった。
彼らは使用頻度の高いスパイスをブレンドし、独自のカレー粉を開発した。そしてそれを国内外で流通させた。いわゆるクロス&ブラックウェル(C&B社)である。日本でも鹿鳴館時代に使われたのが、このC&B社のカレー粉であると言われている。
カレーのルーツは紛れもなくインドだが、インドにはカレー粉というものがかつては存在しなかった。あるのはカレー粉の素となる各種の香辛料だけだ。香辛料というのは、ターメリックや赤唐辛子、クミン、コリアンダーといった類で、インドの家庭ではそれらを独自に配合し、さまざまな料理に応用する。それがインド流の
”おふくろの味”となっている。一方、イギリスにはシチューの文化がある。
例えば、昨日作ったビーフシチューがまだ残っている。そのまま温めて食べるのでは芸がない。カレー粉を振りかけたらどんな味になるだろう〜〜〜〜〜。
これがイギリス式のカレーの誕生である!
こうしてシチューのバリエーションとして生まれたという事実は、日本人にとっては有難いものだった。憧れの洋食メニューの一つとして、つまり「文化人の食べ物」として受け入れられたからだ。イギリスでは間に合わせの料理として、幾分貧寒なイメージをまとっていたものが、日本では逆に高級なイメージで迎えられた。
その洋食が家庭でも食べられますよと謳って普及させたのだから、広まるのもまた早かった。
 カレーの普及には軍隊もひと役買ったという説がある。地方から入隊してきた青年が、軍隊でカレーの味を覚え、除隊後にその味を農村に広めたという。何といっても、ご飯と一緒に食べられるというのが大きい。一皿におかずとご飯が同居し、栄養のバランスもいい。おまけに誰が作っても失敗がない。まさに軍隊にはもってこいの”洋風メシ”であった。
 さて、ビーフシチューにカレールゥをひとかけ入れるとビーフカレーになってしまうように、カレーはどんな料理とも融合してしまう。現に日本には、カレーうどんがあり、カレーハンバーグがあり、カレーパンがあり、カレー煎餅まである。
どこまでがカレーなのか、という境界線ははっきりしないが、カレー粉さえ入っていればことごとくカレー風味に変身してしまうという”感染力”の強さは他に類を見ない。
 だから、その気になれば「欧風ブラックビーフドライカツカレースパゲッティ」なんていう奇妙奇天烈なメニューだってできてしまう。つまり欧風(国)×ブラック(色)×ビーフ(素材)×ドライ(形状)×カツカレー(トッピング)×スパゲッティ(ベース)という鵺(ぬえ)のようなカレーだ。


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