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優しさ

 優しさというのはある意味凶器なのだろうか。自分の中での優しさとは文字通り基本的には怒らないというスタンスとあえて嫌な事でも確信をついて話し正そうとするスタンスのハイブリッドが理想型である。
 しかし、世の中とは捻れているもので人々は優しい人を求める傾向にあるのだが優しさによりモンスターを生み出してしまう例がいくつも存在しているのを皆さんはご存知だろうか。

 また新宿に来ている、大学の後輩と飯を食べる約束をしていたのである。男と女の2人と約束して3人で誰もいないトルコ料理屋で久しぶりの夜会が始まった。

 今回の主人公は女の方の後輩である。彼女は数年に渡り恋人がいた、それがまたややこしい相手であり、某有名マルチ商法にどっぷり浸かっていた。しかも、お笑い芸人をも目指しているらしい、(30手前で何も行動せず、マルチ商法が上手くいけば芸人を始めるという。)彼女の話のみでの判断だが、今食べているトルコ料理の肉の詰め物と同じような、曰く付きの詰め合わせみたいな男らしい。

 誰が聞いても一言目に「やめときな」と言うであろう彼氏とくっ付いたり離れたりしている彼女である。しかも追加の情報で「未遂なのかよくわからないが浮気をしてるらしい。というか、女を自宅に呼びマルチ商法兼口説いているようだと」ビヨンビヨンとなかなかちぎれないトルコアイスを食べながら彼女は語った。

 僕ともう1人の男の後輩は口々に絶対やめた方がいいだろとテンプレートストップの雨を降らせた。その雨も顧みず彼女は「そうなんですよね〜」とか「わかってるんですけどね〜」といった調子だ。
 結局彼女の言い分としては嫌な思いと同じように楽しい思い出が溢れてしまいなかなか手を切れないようである。確かに、言ってる事も理解できる。当事者でない我々が当事者にすり替わって中を裂こうとしているのだからある意味優しさの押し付けでしかないのである。でも、やはりこれはマズイこのままだと彼女がダークサイドに落ちてしまう。僕の心情として、嫌な事でも正すというスピリットが抑えられなかった。

 話を整理して某マルチ商法や芸人の件は最初から知っていたのだが、女関係の話はどのようにして知ったのかを聞いてみた。どうやら彼氏がSNSを開いたまま寝ていた時に勝手に覗いたらしい、そして一番怪しそうな別の女のアカウントを自分のアカウントへ送り、説教ではなくこの男は本当にやばいですよとシルクロード並みの長さのメッセージを送ったとのことである。ダークサイドに落ちてるじゃん。下戸なのに注文したトルコの謎の酒のアルコールの強さと同じくらい強い衝撃を受けた。
 彼女曰く、「私が正してあげないと」という精神まできているようである。それはそれで彼女の優しさなのであろう。しかし、それは諸刃の剣であり、お互いに良くないのではないか。優しさとは安易に振りまけばいいものではないし、時には突き放すのも優しさなのだと思う。
 幸いにもマルチ商法にはハマっていないようなので、離れるのは今なのではないのだろうか。僕らの前では元気ハツラツな彼女も人知れず精神が不安定になっており、彼氏には、会いたくないと言ったり今すぐ会いたいと言ったりめちゃくちゃになって来ている。いっその事トルコにでも行けばいいのに。
 時間も差し迫り結果が出ないままお店の閉店時間がきた。我々3人は新宿駅に歩き始め、男の後輩が「もういっその事SNSを完全に削除して連絡を取れないようにすればいいじゃん」と現代流の絶交を提案した。「そうですよね」と若干渋っている彼女だが少し前向きに検討してる様子であった。新宿駅に到着した我々は私たちが立会人の間に彼女へ削除を行うようにした。あと残り指一本で全てを断ち切れる所まできたがここが一番辛い。躊躇している彼女に男の後輩は、ここから原宿まで歩くか、消すかどっちかを選んでとびっくりするくらい釣り合わない二択を提示した。彼女は「明日朝早いので」と言い、削除を押したのである。あっさりだった。彼との別れは二駅分であり、不思議な二択を先輩たちに迫られたと我々のせいにもできたのである。これが僕らの優しさなのかな。

 彼女が帰って行った後、もう一人の後輩が「原宿まで散歩しましょうよ」というので当の本人はいないが結局二択の両方を実行することになった。なんだこれ、出題者の責任なのか。プラプラ歩き、原宿駅まで散歩し、僕の家は新宿方面なので40分かけて歩いた道を5分で電車で戻り帰路に着いた。

 最終的に思ったのだが、僕が一番優しいんじゃないんだろうか。

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