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【風になったあなたを】

今日は命日。
愛する者を看取みとった日です。

13年ちました。早いものです。振り返ると、自分を取り巻く環境は、随分ずいぶんと変わりました。心境だって移ろいでいく。

けれども、思い出す光景は色褪いろあせない。
今も目に耳にハッキリとよみがえるのです。

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あの朝、食事を終えると、眠気が襲ってきました。どうしたのか。睡眠不足の日々は続いていました。それにしても異様な眠気。

『オレ、ちょっと寝るよ』
「いいわ。寝てて」

ふと目覚めざめます。ベッドの上でミドリ。呼吸いきが浅い。これはいかん。血の気が引きます。一瞬、何をすればいいかわかりません。

急いでヘルパーさんの事務所へ電話を入れ、それからベッドのそばへ戻ります。

『ミドリ、死んじゃダメだよ!』

 ⭐ ⭐ ⭐

「病院で死にたくないな」というミドリを、自宅へ引き取り二ヵ月経っていたのです。

「看護師さんたち、いい人よ。優しい旦那ダンナさまねって。毎日来る人、いないんだってさ。愛されてるんだから元気にならなきゃって」

『優しい旦那だったら、奥さん、病気にならないよ』私は自嘲気味じちょうぎみに答えました。

「でもさ。みんな、本当はあたしが死ぬって思ってるの、わかっちゃうんだよね」

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ミドリは、人の気持ちが読み取れてしまうのでした。心のうらを感じる者にとって、気遣きづかいから出たウソはかえって苦しいのです。

なんとかしてやりたい。狭い団地暮らしだったので、介護ベッドが入る部屋を探し、周囲まわりの反対を押し切って引っ越しました。

私は仕事しながらの介護です。ヘルパーさんが来てくれるようになって、少し楽でした。

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それ以前の私、どんな男だったでしょう。

世の中に対して不満だらけでした。自分は認められていない。不遇だ。こんなはずじゃなかった。どうして。何が悪いんだ!

周囲はすべて競争相手となっていたのです。誰かがうまくいけばねたましい。どうしてこちらへ回って来ない。世の中、間違ってる。

笑顔で他人を称賛しながらも心は荒れて。
焦りと苛立ちが行き場を失って暴れる。
身近で支えてくれる人に当たってしまう。

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介護するようになって、ミドリの話を聴きました。それまで言えなかった、私に対する不満、悲しみ、いきどおり、何もかもすべて。

子供はおりませんが、夫婦二人の生活にも、それなりの波風はありました。心が離れてしまったことさえあるのです。でも・・

人生は決まっていて変えられない。
死後の世界が待っている。

そんな在り方だけは、一致しておりました。お道化どけたミドリの声を思い出します。

「来世もよろぴくね」

 ⭐ ⭐ ⭐

死ぬことを怖れていたミドリ。

溜まった思いを吐き出すと、死への恐怖心おそれは少しずつ薄れていったのでしょうか。

『まだあるんじゃないの。言いたいこと』
「そうだなぁ。もう、ないかな」

亡くなる1週間ほど前、突然大きな声で、もう、なーんにもいらないと叫ぶのでした。

みんな、ありがとうございました!

会えない人に別れを告げたのでしょうか。
寝たきりの苦しい中、声を張り上げて。

 ⭐ ⭐ ⭐

オレは死など怖れない。生きてる間は、死後の世界へ備え、理解すればいいだけ。理解したことが次の人生を創る。

そう、悟りすましたつもりの私でした。

でもいざ、目の前で、ミドリの呼吸が浅くなり、いよいよお別れとなれば、気は動転するばかり。死んじゃダメだと抱きつくのです。

ところが、次の瞬間。体を起こす。

思いはスッと消えました。体も心も、透き通ったようです。もう一人の自分が話し出す。

その声は、別人のようでした。

 ⭐ ⭐ ⭐

もうなんにも心配いらないよ
安心して逝っていいからね

落ちついた静かな声。さっきの慌てぶりはどこへ消えたのか。威厳に満ちた声。言っていながら、自分の声には聞こえません。

ハラの底から響いてくるのです。

ミドリはもう、声が出せません。私の目をしっかりと見つめます。微かにうなづく。わかったというようにウインクしてくれました。

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それから、最期さいごに一息吸って、きました。


 ⭐ ⭐ ⭐

失ってようやくわかる。
それではもう、手遅れですね。

でも、失わなければ、わからなかった。
どれほど大切な存在であったのか。

ひとりになって、随分泣いた気がします。

それまで、泣かない人間だったので、もしかしたら一生分の涙を流したかもしれません。

告別式の話は、以前書きました。なぜ、私が眠ってしまったか。後でわかったのです。

 ⭐ ⭐ ⭐

 ⭐ ⭐ ⭐

ある日、風を感じました。
やわらかな、あたたかく包みこむ風。

そうかぁ。あんた、風になったのか。
いつも傍にいてくれるんだね。

あんたが風になったんじゃ
世の中、敵に回してらんないね。
オレにはもう、敵はいないよ。

みんな、そのままでいいさ。

 ⭐ ⭐ ⭐

なぜか、詩が浮かんできます。

詩なんて書いたことありません。
書けるとも思っていなかったのです。

ちょうど【千の風になって】という曲が流行っていた頃で、あの詩に対する私なりのアンサーソングだったかもしれません。

最後にその詩を捧げます。

 ⭐ ⭐ ⭐


あなたがわたしの傍にいてくれたとき
わたしはあなただけを愛していたよ

そしてあなたは風になり
風が世界を駆けめぐる

風になったあなたを
愛するわたしは

わたしは世界を愛してる


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次回は7月19日の午前10時頃です♡

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