【風になったあなたを】
今日は命日。
愛する者を看取った日です。
13年経ちました。早いものです。振り返ると、自分を取り巻く環境は、随分と変わりました。心境だって移ろいでいく。
けれども、思い出す光景は色褪せない。
今も目に耳にハッキリと蘇るのです。
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あの朝、食事を終えると、眠気が襲ってきました。どうしたのか。睡眠不足の日々は続いていました。それにしても異様な眠気。
『オレ、ちょっと寝るよ』
「いいわ。寝てて」
ふと目覚めます。ベッドの上でミドリ。呼吸が浅い。これはいかん。血の気が引きます。一瞬、何をすればいいかわかりません。
急いでヘルパーさんの事務所へ電話を入れ、それからベッドの傍へ戻ります。
『ミドリ、死んじゃダメだよ!』
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「病院で死にたくないな」というミドリを、自宅へ引き取り二ヵ月経っていたのです。
「看護師さんたち、いい人よ。優しい旦那さまねって。毎日来る人、いないんだってさ。愛されてるんだから元気にならなきゃって」
『優しい旦那だったら、奥さん、病気にならないよ』私は自嘲気味に答えました。
「でもさ。みんな、本当はあたしが死ぬって思ってるの、わかっちゃうんだよね」
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ミドリは、人の気持ちが読み取れてしまうのでした。心の襞を感じる者にとって、気遣いから出たウソはかえって苦しいのです。
なんとかしてやりたい。狭い団地暮らしだったので、介護ベッドが入る部屋を探し、周囲の反対を押し切って引っ越しました。
私は仕事しながらの介護です。ヘルパーさんが来てくれるようになって、少し楽でした。
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それ以前の私、どんな男だったでしょう。
世の中に対して不満だらけでした。自分は認められていない。不遇だ。こんなはずじゃなかった。どうして。何が悪いんだ!
周囲はすべて競争相手となっていたのです。誰かがうまくいけば妬ましい。どうしてこちらへ回って来ない。世の中、間違ってる。
笑顔で他人を称賛しながらも心は荒れて。
焦りと苛立ちが行き場を失って暴れる。
身近で支えてくれる人に当たってしまう。
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介護するようになって、ミドリの話を聴きました。それまで言えなかった、私に対する不満、悲しみ、憤り、何もかもすべて。
子供はおりませんが、夫婦二人の生活にも、それなりの波風はありました。心が離れてしまったことさえあるのです。でも・・
人生は決まっていて変えられない。
死後の世界が待っている。
そんな在り方だけは、一致しておりました。お道化たミドリの声を思い出します。
「来世もよろぴくね」
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死ぬことを怖れていたミドリ。
溜まった思いを吐き出すと、死への恐怖心は少しずつ薄れていったのでしょうか。
『まだあるんじゃないの。言いたいこと』
「そうだなぁ。もう、ないかな」
亡くなる1週間ほど前、突然大きな声で、もう、なーんにもいらないと叫ぶのでした。
みんな、ありがとうございました!
会えない人に別れを告げたのでしょうか。
寝たきりの苦しい中、声を張り上げて。
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オレは死など怖れない。生きてる間は、死後の世界へ備え、理解すればいいだけ。理解したことが次の人生を創る。
そう、悟りすましたつもりの私でした。
でもいざ、目の前で、ミドリの呼吸が浅くなり、いよいよお別れとなれば、気は動転するばかり。死んじゃダメだと抱きつくのです。
ところが、次の瞬間。体を起こす。
思いはスッと消えました。体も心も、透き通ったようです。もう一人の自分が話し出す。
その声は、別人のようでした。
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もうなんにも心配いらないよ
安心して逝っていいからね
落ちついた静かな声。さっきの慌てぶりはどこへ消えたのか。威厳に満ちた声。言っていながら、自分の声には聞こえません。
ハラの底から響いてくるのです。
ミドリはもう、声が出せません。私の目をしっかりと見つめます。微かにうなづく。わかったというようにウインクしてくれました。
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それから、最期に一息吸って、逝きました。
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失ってようやくわかる。
それではもう、手遅れですね。
でも、失わなければ、わからなかった。
どれほど大切な存在であったのか。
独りになって、随分泣いた気がします。
それまで、泣かない人間だったので、もしかしたら一生分の涙を流したかもしれません。
告別式の話は、以前書きました。なぜ、私が眠ってしまったか。後でわかったのです。
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ある日、風を感じました。
やわらかな、あたたかく包みこむ風。
そうかぁ。あんた、風になったのか。
いつも傍にいてくれるんだね。
あんたが風になったんじゃ
世の中、敵に回してらんないね。
オレにはもう、敵はいないよ。
みんな、そのままでいいさ。
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なぜか、詩が浮かんできます。
詩なんて書いたことありません。
書けるとも思っていなかったのです。
ちょうど【千の風になって】という曲が流行っていた頃で、あの詩に対する私なりのアンサーソングだったかもしれません。
最後にその詩を捧げます。
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あなたがわたしの傍にいてくれたとき
わたしはあなただけを愛していたよ
そしてあなたは風になり
風が世界を駆けめぐる
風になったあなたを
愛するわたしは
わたしは世界を愛してる
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次回は7月19日の午前10時頃です♡
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ありがとうございます🎊