見出し画像

【グラスは売られて台湾へ】

ゆるふわ教室の第11回です。
今回も、実話を元に物語で進めましょう。

 ⭐ ⭐ ⭐

夏の始め。強いし。グラスが売られていく前日、乗馬クラブへ向かう。調教ちょうきょうして1年っていた。バスでミドリがつぶやく。

競馬けいばから来たばかりの頃、臆病ビビリだからよくみついたりったりしたよね。せっかく、おとなしくていい子になったのにな」

 ⭐ ⭐ ⭐

グラスは薄暗うすぐら倉庫そうこの中にいた。一緒いっしょに売られる十数頭が立ち並ぶ。鉄パイプでとなりの馬と仕切しきられただけ。せまくて身動きできない。

「ひどいよ──」

ミドリは、グラスの前にり下げられたバケツをかかえる。汚れた水をえに小走り。水は新鮮しんせんでなければいけない。疝痛命取いのちとりだ。

ふと馬の足元を見た。オガ屑は後ろへき上げられている。ゆかのコンクリートが、き出しになっているのだった。

 ⭐ ⭐ ⭐

「ちょっと。ねえ。やめなよ」

やめた方がいい。スコップでオガくずたいらにするなんて。どうせグラスが前足で掻き上げてしまう。明日には台湾へ売られていく。

「危ないよ。蹴られるから!」

アブが馬の腹に群がる。うしあしで払って蹄鉄ていてつが当たれば怪我けがする。でも、スコップでオガをならす。グラスの腹下はらしたへ顔を突っ込んで。

 ⭐ ⭐ ⭐

お前さぁ。手入れすると蹴ったよな。ブラシをけるとイヤがってさ。初めの頃なんて、噛みついたじゃん。痛かったぜ。

なぁ覚えてる?

よぉ。なんで蹴らねえの。アブがハラでってるじゃん。追い払えよ。痛えだろが。オレのことなんて気にしないで蹴れよ!

なんで蹴らねえの?

 ⭐ ⭐ ⭐

思い出す。冬の昼下がり。休馬日きゅうばび

材木屋のおっさんたちが来る。トラックいっぱいオガ屑を運び終えた後、れだってガヤガヤと馬房前ばぼうまえ通路つうろを見て回る。

手入れをするため、グラスを蹄洗場ていせんじょうへ出していた。グラスのおびえが伝わってくる。長い耳を寝かせてうつむく。

グラスの前に立った。
心配いらないよ。オレがいるからさ。
そんな軽い気持ちだった。

「よう、あんちゃん、馬ってのもそんな風にすんのかよ。犬っころみてえだな」

おっさんが指さす先を見る。グラスはセーターの肩をぺろぺろめていた。

あれからおとなしくなった。こわがったドラム缶も飛び越える。まわりからもめられた。

 ⭐ ⭐ ⭐

なぁ蹴れよ。バイトの学生調教師ちょうきょうしじゃ、どうしてやることもできなねえんだ。

 蹴りやがれ!


「この暑さで船旅ふなたびだろ。ヤベえよ。水も飲ませてもらえねえ。グラスなんか、体弱からだよええから一発ですぐ死ぬぜ。海に捨てられてサメエサ

厩務員きゅうむいんマコトは口が悪い。
言われなくたってわかってるさ。

 ⭐ ⭐ ⭐

「もういいからやめて。平らになったよ!」

仕方しかたなく体を起こす。待っていたようにグラスひづめが腹をこすり始めた。尻尾しっぽも振る。

不意ふいに目の奥が熱い。あたりがかすむ。目をしばたく。薄暗い倉庫の天井てんじょうを見上げた。

 ⭐ ⭐ ⭐

「おとなしくするんだよ」
 ミドリが馬の鼻づらを撫でる。
可愛かわいがってもらいなね」
 げ茶色の鼻づらにくちびるを押しあてた。

 ⭐ ⭐ ⭐

最後に写真をった。まず、グラスとミドリが顔を並べる。ミドリは笑顔でピースサイン。

交代して、ミドリがカメラをかまえる。馬の横に立つ。笑顔は浮かばなかった。

「ちょっとやめてよぉ──」

ミドリはカメラろす。片手を振る。手で口を押える。くるりと後ろへ向いた。
 
グラスがTシャツの肩をめている。
いつまでも舐めているのだった。


画像1

 イラストはトーク相手の朔川揺さん♡

 ⭐ ⭐ ⭐

「これ、フジさんの実話やったな」

贖罪しょくざいの気持ち、何年ってもある。難馬なんば調教つくって得意だった。それで売られちゃった。この場面、ミドリしか知らない』

「ミドリさん、書かせたくれたんやね」
『ちょっとしんみりしたよ』
「ほな、今度は楽しい話がええな💃」
『そうだね。お笑いもいい』

「でも、書きたいことがある?」
『ミドリの告別式こくべつしきに、台風が来てさ🌀』
「そらまた、えらいこっちゃ大変だったわね

 ⭐ ⭐ ⭐


ありがとうございます🎊