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『鴨川ランナー』買いました

第二回京都文学賞受賞作『鴨川ランナー』が講談社から10月26日に発売されます。アメリカ人のグレゴリー・ケズナジャットさんが書かれた作品で、同賞の最終選考会では11人の審査員全員がこの作品を推したとのことです。また、この作品は一般作品とは別の部門で応募された作品だったのですが、あまりの作品の出来の良さから大賞に選ばれたという経緯もあります。

そうしたことがあるため、基本的には新人賞受賞作は読まないのですが、今回は買いました。外国人の手による京都を舞台にした文学作品はすでに2つほどあって、それらと比較して読むことにします。


まだ『鴨川ランナー』は手元にないので、とりあえずは、比較対象とする2作品の紹介をします。

1つめは、デビット・ゾペティさんの『いちげんさん』。25年ほど前にすばる文学賞を受賞した作品です。スイス人留学生と盲目の日本人女性との恋愛小説です。後に映画にもなりました。

「いちげんさん」というのはその名の通り、「一見さんお断り」の一見さんです。誰かの紹介がなければ最初に店に入ることができないという京都の料亭の習慣が小説のタイトルになっているのですね(注1)。

そこから分かるとおり、『いちげんさん』では外国人である「僕」から見た京都や日本、学問の世界の閉鎖性が描かれています。最終的には留学生は京都のまちにも教授たちにも馴染むことができず、恋愛も成就することなく、二人が別れるところで小説が終わります。

だいぶ前のことですから、読んだ当時は「そりゃ外国人はめずらしいだろう」と思うにとどまりました。京都に馴染まなかったから文学たりえたのかもしれません。「郷に入っては郷に従え」とならないところが、難しさですね。その点『鴨川ランナー』ではどうなっているのかが気になりますね。

もう1つは、アレックス・カーさんの『美しき日本の残像』です。

カーさんといえば、『犬と鬼』を思い起こすひともいるかもしれません。観光業の可能性と説いたり公共工事による景観破壊を非難したりと、いまとなっては当たり前のような主張ですが、書かれたのは20年前なんですよね。『犬と鬼』に書かれたことは当時はめずらしく、京都の大学でも教材として取り上げる講座もありました。

それはともかくとして、『美しき日本の残像』です。これは小説ではなくてノンフィクションです。また、奈良や大阪、祖谷(徳島県)なども描かれていて、純粋な京都の文学ではありません。ただ、日本人の名文家ですら書けないだろう、風情のある文章がとても印象的な作品です。

日本での文化的な経験を称揚しながらも、ところどころに日本から失われる景観や、保存されていてもその美観を損ねる物の存在も描かれています。日本文化に対する愛憎を見事な筆致で描いた名著です。

『鴨川ランナー』の文章力をたたえるひとが多いのですが、実は外国人が作った日本語の文学作品には名文がすでにあるんですよね。受賞作品の抜粋を読んでいると、『鴨川ランナー』は『美しき日本の残像』はもちろん『いちげんさん』よりも文章が堅苦しく見受けられました。だから駄目というのではなく、外国人が学び習得してきた日本語の「訛り」が感じられて興味深く思いました。

『鴨川ランナー』には上記に作品にはない、特別な読書体験があるかもしれません。実は書籍を予約して買ったの初めてですので、当日にkindleにダウンロードされるのを心待ちにしようと思います。


注1:料亭が一見さんの入店を断るのは単なるいけずなのではなくて、相手のことが分からなければ相手に満足いくサービスを提供することができないから、まったく知らない、知る手がかりのないひとにサービスを提供しないという考え方です。京都は閉鎖的というよりも、塀が高いんですね。でも、その塀のなかに入れば、そうではないんですけど。


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