マツコ・デラックスになりたかった

 傍からすればすでにフェミニストだと認識されているようだが、そう自称できずにいる。別段それで困ることもなければ、得をすることもないのだが、しかし自身について話すときなどに、多少の居処のなさのようなものを感じることがある。トランスジェンダー当事者として発言する場合にかぎってのことではあるが、対話の相手にとってどのように映っているのか、わたしは敵なのか味方なのかを、どうやらうかがってしまっている自分をしばしば発見して、いささか萎縮してしまわないでもないのだ。フェミニズムに興味を持ちはじめた十代後半頃だったと記憶しているが、いまとなってはどこで読んだのかも失念してしまっているのだけれども、「フェミニストには女しかなれない」といった主旨の記述を見つけて、ではわたしはどこに身をおけばいいのだろうかと当惑し、それがいまでも尾をひきつづけている。たとえば二〇二〇年にエトセトラ・ブックスから復刊された笙野頼子の代表作『水晶内制度』の「作者による解説――水晶内制度が復刊した。」にはこうある。


 男性がフェミニストを名乗るのも「なんで」と思う。サポーターでいいだろう? とか思うだけだ。(P.288)


 しかしチママンダ・ンゴズィ・アディーチェの講演をもとにした主著の邦題は『男も女もみんなフェミニストでなきゃ』であるし、韓国の高校教師であるチェ・スンボムが書いたエッセイのタイトルは『私は男でフェミニストです』だ。世界的な潮流からすれば、性別を問わずフェミニストを称することはできるし、フェミニズムはある属性の誰かを排除する思想ではないと認識している。それでもそう自称できないのは、十代の頃に読んだ排除言説によるトラウマが、また「生物学的には男に生まれたおまえは女ではありえない」という、いわば呪いをかけられているからだといっていい。ただしほんらいはこうも問うべきなのだ、「女とはいったい誰のことを指し、男とはいったい誰のことを指すのか」と。そして答えはすぐさま導きだされ、究極的には個々人の性自認によらざるをえない。たとえそれが事実であろうがそうでなかろうが、古典主義的なふたつの性別にこだわる守旧派にとっては、身体のそれではなく「心の性別」いかんによっていくらでも自由に、しかも即時変更できる(とおもいこまれている)性自認による性別の決定は、社会的混乱をまねき、とくに女性にたいする性差別や性暴力を増悪させるというのだ。

 昨年末、「文藝家協会ニュース」という機関誌に掲載された笙野頼子のエッセイ「女性文学は発禁文学なのか?」(のちに『笙野頼子発禁小説集』に収録された)がとくにTwitterを中心に波紋を呼んだ。そして十代後半からの笙野頼子のファンであったわたしは、そのトランスフォビア的な内容に衝撃をうけ、ひどく動揺もしたのであった。弱者の守護神的な存在からわたしは拒絶されたのだ。それをうけてすぐさま短い反論を書いて複数の雑誌編集部に持ちこんだが、それも見事に肩透かしを食らう羽目になり、二、三ヶ月寝かせたあとにnoteにアップロードしたところ、存外の、そして苛烈な反応をえた。目にとまるのは頼もしい賛意の表明や連帯、はげましなどではなく、いわゆるツイフェミやTERF(Wikipediaによると「Trans-Exclusionary Radical Feminist(トランス排除的ラディカルフェミニスト)」の略称。いずれにせよこれらの呼称を用いるのには慎重であるべきかもしれない)と呼ばれる活動家、ないしは一般ユーザーからの、攻撃的で心ないツイートのほうなのだ。もちろんそういう書きこみはnoteに記事を投稿するまえからある程度見慣れたものではあったし、予測もしていたのだが、いざ自身が標的にされると、わかっていたとはいえ相当の負担を強いられたようにおもう。

 わたし自身はとうぜんあらゆる性暴力に断固として反対の立場であり、その被害に遭われたかたがたはたいへん痛ましく、なにか少しでもわたしにできることがあればと感じるばかりだけれども、同情するくらいしかできそうにはない自身の非力さをおもえば軽々しくそうもいえないのだろう。それだけ事態は深刻で、想像を絶する痛苦に堪えなければならないかたがたが、いま現在も数えきれないくらいに格闘する日々を送っていて、一日もはやい平安が訪れることを心から祈りたい。だからそうしたトラウマを抱えたかたがたが男性不信に陥り、トランスジェンダー、というよりもむしろMtFにたいする疑念を払えないのもしかたがないかもしれない。あるいは笙野頼子のエッセイにもある通りに、セルフIDの法制化に慎重になってしまうのは痛いほど理解はできるが、とはいえ散見されるトランスフォビックなツイートは誠実さを欠き、人間の基本的な尊厳を踏み躙ると看做しえそうなものも含まれていた。

 そしてnoteに投稿した記事を読んだ笙野頼子本人も「Female Liberation Jp」というウェブサイト上でわたしへの反論を掲載している。


 多くの方が、私に代わって応答してくださいました。まず、「自分の性別は性自認派らしく自分で決めろ」或いは、「身体は男に決まっているだろう」と。なるほど、前者は性自認推進派の定義に則ったもの、後者はもし本人申告が正しければ医学的に正しい回答と思えました。(「集中連載「質屋七回、ワクチン二回」解題とその反響、受難、救い、今後 (上))


 たしかにわたしが投稿した記事のタイトルは「笙野頼子さん、いったいわたしの性別はなんですか?」というものであり、Twitterでも、「自分の心の問題をなんの関係もない第三者に訊くな」、「笙野頼子に訊くまでもなく男だろ」という声がいくつかあがっていた。だが、そもそも笙野頼子のほうが、なんの関係もない第三者である個々のトランスジェンダーの性別を、既存のふたつの性別に暴力的にあてはめようとしたことに端を発しているはずではなかったか。性別は男と女しか認めないという立場からすれば、性別は身体、とくに性器の形状によってそれに還元できると認識しているようだが、医学界の定説ではすでに否定されている。そうでなければ「性同一性障害」といった疾病概念が「性別違和・性別不合」へと脱病理化されることもなかったはずだが、そうした都合の悪い事実にたいしても、どういう道理なのかはわからないが、「女性差別だ」と熱心に抗議しているようすである。

 なにより愕然とし、悲しかったのは、笙野頼子の小説にはげまされてきたと書いたわたしにたいして、笙野頼子自身が「文学が女囚強姦の励ましなんかするわけないでしょう。」(「集中連載「質屋七回、ワクチン二回」解題とその反響、受難、救い、今後 (中)」)と書いたことだった。罪を犯して女子刑務所に収監されたトランス女性が、刑務所内で受刑者にたいしてレイプを働いたという海外のニュースをうけてのことばのようだが、わたしはいまのところ女囚でもなければ、強姦もしていない。トランスジェンダーだというだけで、このような謂われなき誹謗中傷に曝されなければならないとしたら、あまり理不尽ではないか。

 とりわけ屈辱的なのは、noteでの記事で、わたしがトランスジェンダーであることを知っている友人たちが、わたしを不審者あつかいしたり性犯罪者あつかいしたりしない、もしも女性を含む友人たちが、わたしにたいしてトランスジェンダーであることを理由に脅威を抱いているとしたら友情などなりたたないと書いた箇所への「世界のほとんどを占める女性は、このひとの友人ではない」という反応だ。それはたしかにそうかもしれないが、トランスジェンダーであるか否かを問わずに友情を築くことのできるひとたちも、世界には多くいるはずだ。わたしはそう信じたい。

 また、性別移行をはじめて、女性用トイレを利用するようになったが、いままでに一度もそのことを咎められたことはない、もしかしたらたまたまいあわせた利用者のなかには、わたしがトランスジェンダーだと気づいたひともいたかもしれないが、きっとたいへんな苦労をしてきたのだろうとでもおもって寛容な心で大目に見てくれたのではないか、と書いたことにたいしては「危ないと感じた相手には接触しないのが女性の自衛の基本で、トランスジェンダーではないかと指摘して、被害をうける可能性を避けているだけだ」、「多くの女性は、男性を怒らせたらなにをされるかわからないので、恐怖のために笑顔で対応しているのに過ぎない」という反応もあった。

 ただし女性用トイレで起こる犯罪というのはなにも不審者の侵入や性暴力だけではない。窃盗も暴行も殺人も起こる。その犯人がつねに男だとも限らない。もしもわたしを、女のふりをして女性用トイレに侵入してきた変態だと疑うのだとしたら、わたしは、そこにいあわせた利用者が、わたしの鞄や財布を盗まない保証もなければ、懐ろに庖丁やナイフを忍ばせ、わたしを刺さないともかぎらない、といいたい。けれどもおおむね日本では、そういう心配をせずともトイレを利用できるくらいには安全だとつねづねおもってきたのだが、現実はそう甘くはないということなのだろうか。もしもツイートにあった通りに、トイレなどで不審者に出会しても、自分に被害がおよぶかもしれないからと通報することを躊躇せざるをえないのだとしたら、それはそれですでに世間はおもっているほど安全ではないといえる。

 こういったTwitterでの過激な反応といえるもののなかには、それでもこの社会が抱える性差別や性暴力の、意外なほどの多さを反映していそうなものもある。たとえばこういうものだ。

 ――女であるというだけで、教育や就職の機会を奪われ、女であるというだけで暴行されたり殺されたりする日本の社会では、自身の性別を疑ったり違和感を抱く余裕などなく、女性差別が容赦なく降りかかってくる。――

 さらには「生まれながらの自身の性別を疑う必要のないひと」と書いた箇所について、「それは傲慢で、ジェンダーロールへの違和感を自身の性別への違和感だとおもい悩んできた女性たちは多い」という声もあった。「このような性差別に遭遇することがないほうの性別に生まれただけでも特権なのだ」とつづいていた。

 複数の大学医学部の入学試験において、女性の合格者を減らすために不正な操作がおこなわれていたことが二〇一八年に発覚したことも記憶にあたらしいが、ほかにも男性と女性とではおなじ職場のおなじ部署であっても賃金に差がある、女性が産前産後休暇や育児休暇を終えて職場復帰したくても、もとの部署に戻ることができず、地位や賃金がより低い部署へまわされる、といった露骨な女性差別がいま現在も根強く残っていることは、日本で生活する身としては、けっして他人事ではありえない。一刻もはやくこういう不当なあつかいがなくなるよう、この社会の当事者のひとりとして努めたい。

 とはいえ、日本社会から性差別がなくならないことと、トランスジェンダーの権利が蔑ろにされていることとはまたべつの問題のはずだ。

 笙野頼子のエッセイやTwitter等で懸念されているセルフIDについての議論も進んでいないこの日本で、それがすぐさま法制化されるとはおもわれない。むしろトランスジェンダーにたいする偏見や差別がこれだけ強いとなれば、トランスジェンダーだけでなく、いわゆるLGBTQへの理解促進をはかるほうが優先されるべきだ。それに笙野頼子やトランスフォビア的なツイートを発信していたひとたちは、MtFへの痛烈で辛辣なバッシングをくりかえしはするが、FtMについてはいっさい言及していない。こうした存在の無視も立派な差別だ。それにノンバイナリー、ジェンダーフルイドなど、日本独自にXジェンダーと呼ばれているひとたちや、アセクシュアル、アロマンティックといったひとたちのことも忘れてはならない。性別はあくまでもふたつだと疑うことなく信じきっていたものにとっては、自身の価値観がめまぐるしく揺さぶられ、さまざまな価値観とのぶつかりあいに混乱し、辟易してもいるのだろう。だからといって差別をしたり無視をしてもいいことにはならないし、理解しようと歩みだす必要がある。そしてそれはトランスジェンダー当事者であってもおなじことなのだ。

 ところで、わたしの写真を見つけてきたTwitterユーザーが「どこからどう見ても男にしか見えない、陰茎を持つものは誰であれ男だ」とつぶやいているのを見たが、実生活ではわたしにたいするそうした評価にだいぶばらつきがある。わたしがトランスジェンダーだと知っているか否かにかかわらず、男にしか見えないというひともいれば、女にしか見えないというひともいるし、トランスジェンダーかもしれないとおもったのか、そう訊ねてくるひともいる。これだけ他人の認知というものはあてにならないのだ、とそのたびにあらためて感じさせられるのだが、他人がわたしをどう見ているかを気にしすぎるのも、なんとも馬鹿げた話ではないだろうか。しょせんひとは目のまえにあるものをそのままに見るのではなく、自身のそれまでの経験や偏見に基づいて、見たいように見ているということなのだ。

 トランスジェンダーの当事者はしばしば移行したい性別にどれだけ近づけたか、第三者から違和感を抱かれることのない見た目になれたかどうかを気にするが、それに拘泥するあまりに美容整形をくりかえしたり、ジェンダーバイアスにとらわれたふるまいをしてしまうのも考えものだ。ありのままの自分で生活することは困難をともなうが、だからといって他人の目を気にしすぎるのは本末転倒で、無理をしてからだを壊してしまっては意味がないし、性別にまつわる固定観念を強化することになっては、それでは性差別に加担することになりかねない。

 小学校低学年だった頃、その後、芸能生活四〇周年を迎えるにあたって引退した上岡龍太郎が司会を務めていた番組で、日本全国のニューハーフが一堂に会し、さまざまなエピソードを披露しあうというものがあった。にぎやかでじつに楽しそうな雰囲気に魅了され、漠然と憧れるようになっていた。学校でオカマや変態、変人などと揶揄されてもむしろ内心ではうれしく感じていたのは、それが自分にしかない武器のようにおもえていたからだ。いつからそういう自分の性質に気づいていたのかはいまとなってはわからないし、そうした呼称がおおむね蔑視的であることは理解しているものの、少なくとも当時の自分にとってはオカマであり変人であることがステータスでもあったのだ。そのうち何度目かのおすぎとピーコのブレイクが訪れて、お茶の間をにぎわせるニューハーフたちは、二〇〇〇年代中盤くらいからオネエタレントと称されるようになり、その都度、出演する顔ぶれは変わったが、メディアへの露出はだんだんと増えていくように見えた。

 あれはもうひきこもり生活にはいっていた頃だから、二〇〇五年か、六年くらいだったとおもうが、あるとき、ひときわ個性的なキャラクターを誇る存在が登場した。当初は東京都を中心としたローカル放送局であるTOKYO MXで放送されていた番組にしか出演していなかったが、そのうち地上波でも見かけるようになる。厳密には、異性装をする男性同性愛者であるマツコ・デラックスとわたしとは、似て非なるものではあるが、境遇や見た目がどことなく自分に似通っていたこともあって、その出会いは事件だともいえたのだ。

 はじめ、世間では知るひとぞ知るキワモノタレントとして認知されていたマツコ・デラックスは、見るみるうちに圧倒的な人気を獲得していって、いまでは知らないひとのいない唯一無二の存在となっている。そうした経過をリアルタイムで見ていたわたしは、いつしかマツコ・デラックスのようにふるまえば、自分もみんなから好かれるようになるのではないか、その輪の中心にいられるようになるのではないか、と考えるようになっていった。歯に衣着せぬ過激な発言や、いくぶん下品で大胆な冗談を畳みかけて笑いを誘うやりかたは、それまでのニューハーフと共通しているし、「性別を超越した」存在であるからこそ、セクハラも許される。いじめられていたわけではないが、教室ではあきらかに浮いていたわたしは、マツコ・デラックスになるしかないと考えてしまった。

 しかし現実世界でマツコ・デラックスのようにふるまえばふるまうほど、軋轢が生じてきてしまう。というより、テレビ画面には映らないところで、番組スタッフや出演者らとたしかな人間関係を築いていたマツコ・デラックスと、はじめて会ったひとのまえであろうと、かまわず奇態な真似をしたわたしとでは、おなじような効果がえられるはずがないのだ。マスメディアではニューハーフにしろ、オネエにしろ、トランスジェンダーも男性同性愛者も女装家も、みないっしょくたに括って、それぞれのタレントが似たような話しかたや仕草を演じることで、キャラクター化され、わかりやすくパッケージングされて発信されていたが、それはあくまでテレビのなかでのできごとだからこそ、多くの視聴者はエンターテインメントとして消費できたのであって、日常生活でおなじようなキャラクターに遭遇しても、どのように反応すればいいのかわからないらしいのだ。くわえるならわたしはマツコ・デラックス的なキャラクターを完全に演じていたということでは決してなくて、自分の生来の気質が共通していたために、マツコ・デラックスを参考に、いわば誇張して表現していたといえばより正確だとおもう。

 しかもマスメディアによってときに誤ったイメージが発信されてしまっていたために、実際のトランスジェンダーや同性愛者との乖離が目に見えて大きくひろがってしまったようにもおもうのだ。トランスジェンダーはみながみなきらびやかな衣装や化粧をして、ショーや水商売で生計をたてているのではないし、男性同性愛者もみながみな「オネエことば」を使うわけではないのだ。それになによりバラエティ番組に出演するLGBTQのほとんどがMtFトランスジェンダーや男性同性愛者で占められ、FtMトランスジェンダーや女性同性愛者が露出することはきわめて稀だといえた。もし出演していたとしても、NHK(とくにEテレ)や各放送局のドキュメンタリーなどといった、まじめな番組にかぎられていた。ここでも各性別の非対称性が露呈している。

 このように、今日の日本では、当事者でさえLGBTQについて、正確に把握しているとはいえないし、さらにいえば、それをめぐる認識は日ごとに移り変わってもいる。たとえば性的指向は生まれつきのものだという言説が、長く信じられつづけていたが、個々の当事者のライフヒストリーをたどるうちに、それにはあてはまらないひともいるのだと判明したことはとても大きい。また性自認についてもおなじことがいえて、生まれながらに一貫したそれが備わっているのではなく、年齢を重ねるごとにゆるやかな流動性を持つひともいるのだ。これらは少数ではあっても、だからといって無視することはできない。昨日までの常識が、明日からもそうだとは必ずしもいえないなかで、当事者であろうとなかろうと、固定されたLGBTQ像に翻弄されてしまうのは、いたしかたない部分もあるのだろう。

 もしもたったひとつだけ希望があるとすれば、わたし自身がこの社会で生きていく姿を発信することで、ステレオタイプなLGBTQ像をうち破り、おなじような境遇におかれたひとたちにとって、よりよい生きかたを提示できないだろうか、というものだ。政治的に多数派や少数派に恣意的にふりわけられてしまうわたしたちが、その枠組みに固定されたり惑わされることなく、自分自身の尊厳を、所属する社会でいかに守りぬくかは、おそらくは誰にとっても重要な課題だといえるし、そして社会は、すべてのひとの尊厳をなによりも尊重しなければならない。そうした社会を希求する過程で、きっとさまざまな局面で迷い、間違いを犯し、困難にぶちあたるだろう。自身の無力さや、無知にうちのめされるだろう。あるいは、わたしは、社会からつねに疎外されつづける存在であるともかぎらず、べつの誰かを排除したり傷つけてしまっている可能性にも自覚的であらねばならない。わたし自身、少数派でありながら、多数派でもあるからだ。

 だからたったいま起こっているあらゆる性差別や性暴力にたいして、無視を決めこんだり、優先順位が低いことだとあとまわしにすることなく、真摯にむきあって、誰もが生きやすい社会の実現にむけてともに歩んでいくべきなのだ。


 この稿を書きあげたたったいま、森崎和江さんの訃報に接する。本誌を通じて森崎和江さんを知ったのは、もう四年もまえのことだ。謹んでご冥福をお祈りしたい。



 *個々のツイートの引用は、とある理由により再構成してある。


(初出:「現代詩手帖」2022年8月号)

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