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2023/4/22 私のロスト・イン・トランスレーション

東京の桜はもはや面影も無いほどに緑が眩しい葉桜になってしまったが、先週の頭まではまだまだ咲いていたので、娘の学校の創立記念日休暇を利用して平日の新宿御苑に行ってきた。

平日だというのに大勢の人でにぎわっている。都心はどこに行っても外国人観光客だらけだけど、御苑もしかりだ。外国にだって、うなるほど素敵な公園が沢山あるのに、やっぱり皆、桜を見たいんだね。

あ、でもそんなに人、いないか。

出産前はごく稀に『友人と御苑に行く』、となれば伊勢丹で昼ご飯を買っておしゃれにキメていたのだが、もう子供と伊勢丹なんて行ってしまったら、あれなに、これ可愛い、何で何で?が面倒くさいし、御苑に行く時間が無くなりそうなので、家から適当なものを持ち、地元サミットで買い足した。オシャレに素敵に生きるのは実に難しい。

御苑は、心配になるほどの軽装の外国人や、一体どういうこと?と考えさせられるような、踊っている女性の動画を撮っている小さなチーム、素敵な私たち、を楽しんでいる花柄のロングワンピースを着て桜の花弁に顔を寄せている女子たちなど、ふり幅が大きい人たちでいっぱいなのに、気持ちの良い天気と満開の桜が、すべてを許容してくれているかのよう。東京はごみごみしていて嫌だなと思うけど、こういう、すべてを許す、みたいな場所もあるのがいいよなあ、なんてベンチでジリジリと頭頂を焼かれながら思う。

ゆっくりと芝の上を歩いている欧米の年配の観光客を見て、ああ、と思い出す。そういえば、もうすぐだ、と。

私のロンドン時代の友人Hさん(72歳)のイギリス人の友人Mさんが、もうすぐ日本に来る。コロナ渦で断念していた日本への旅が、満を持してやっと今年に決行なのだ。北海道に住むHさんは、Mが東京に寄るからその時は宜しくね、と事あるごとに言い、ふんふん分かったよーと適当に返事をしていたその時が、まさに今迫ってきてしまったのだ。

メールが出来ないHさんは、イギリス人Mと電話でやりとりしている。Mの観光についての質問は、イギリス→北海道→東京と電話で伝わり、そしてまた私の適当なアドバイスが、東京→北海道→イギリスと電話で伝わる。2023年にまさかの電話伝達かよ、と面倒くさいからMのメアド教えて、とHさんに言ったら、すぐにMのメアドが記された絵葉書が届いた。って絵葉書かよ。

まだ別にいいよね、とさらに数日その絵葉書を寝かせておいたら、イギリス→北海道→東京に電話で、「まだサチヨからメールが来ないけど大丈夫?」と連絡が来てしまった。あああっ と何となく髪をかきむしりたくなる。なんとなくね。

東京での滞在先を迷っていたM、会ってご飯となったら遠いと面倒だしなーと、銀座推しのMにHさん経由で、「新宿はなんでもあるし凄く便利だ」と新宿をおススメしまくったのだが、さすがにちゃんとリサーチ済みで、「私の年齢だと銀座のほうが歩きやすいと思う」とわかってらっしゃる。MはHさんより5つほど年上なのだ。ていうか、そんなに年なの?とびっくりなんですけど。重いスーツケースを持って、2週間ほどで日本の各地を一人で移動するのだ。京都、東京、長野、北海道、しかも既に綿密に計画済みなのである。常々欧米人の体の強靭さに驚いてはいたけど、Mも写真だと普通のおばさんに見えるのに、とんでもない体力の持ち主のようだ。

それにしてもMが東京に来ても、観光案内もご飯もどうしたらいいかわからない。しかも銀座ときた。日本人で東京に住んでいるのに銀座の事を全然知らなくてスンマセンという恥ずかしい気持ちにもなるけど、実際そんなに行かないし全然わからない。考えれば考えるほど憂鬱になるので、Hさんに「ほんと私、全然話が合わないと思うんだけど」とぼやく。

いやほんとにさ、日本語がしゃべれたって、多分全日本人の9割くらいの人と話なんて弾まないと思うわけだ。コミュニケーションてそんなもんだろう、とHさんに問う。しかも、私が英語喋れる人という役割になっているけど、私がロンドンに居たのは20年前で、帰ってきてから殆ど英語なんて喋っていない。そもそも、Mと会ったこともないし、親よりも年上だよ。

そういえばやっぱり20年近く前の事になってしまうけど、「海外から来ている会社の同僚数人と飲むんだけどアネキも来る?」と弟からメールが来て、外資系だし良いかもしれない、とちょっとホクホクして出かけたら、アメリカのドラマに出て来るビジネスマンというイメージに全然当てはまらない人たちだった。まあ、それは仕方があるまい。現実っていつもこんなもんですから。

だが驚いたのはその後、弟が突然「俺はもう帰るから、アネキあとは宜しく!」と言い残し、まったく終電でもないのにさっさと帰宅してしまったのだ。はぁ?あんたどうしてくれるんだよ、と本気で殴りたくもなったけれど、同僚たちの手前、変な事はできない。困ったなあ、と小さくため息をつき、「もう帰る」と言ってくれ、と強く願いながら、「この後どうする?」と聞いた。すると、

「カブキチョウに行きたい」

と言うではないか。まあ、新宿だし(新宿はなんか安心するのだ)問題ないな、と不慣れな歌舞伎町に二人の外国人男性を引き連れて向かったのだ。
「で、カブキチョウで何をしたいの?」
と聞くと
「バーに行きたい」
と言う。明確なビジョンがあるらしく、ここでもない、あそこでもない、となかなか入る店が決まらない。
まあ、しょうがない、ここでいいか、と半ば妥協して狭い店に入った。

全く盛り上がらない会話をしながら、弟の同僚は終始浮かない顔をしている。そして、バーを見渡し言った。
「ロスト・イン・トランスレーションとだいぶ違う」
と。

Esquire.comより

え、あなた、ロスト・イン・トランスレーションを探していたわけ?

私は愕然とした。
日本では2004年公開のソフィア・コッポラ監督の映画だ。ソフィア・コッポラといえば映像の美しさ、おしゃれさでそりゃあもう、その時も話題になった映画である。おい、おい、おい、となりますとも。

結果、私たちのカブキチョウでのロスト・イン・トランスレーション探しは完全に失敗に終わり、同僚たちは渋い顔を隠しもせず、消化不良の浮かない顔で帰っていった。ごめんな、東京での滞在をドラマチックにできなくてごめんな。それに私もスカーレット・ヨハンソンとは似ても似つかなくて申し訳ない。これがリアルってやつなのよ、これがトウキョウなのよ。

その晩は、東京に住んでいるのに私は全然ロスト・イン・トランスレーションじゃなくて(なんだそれ)恥ずかしいというボンヤリとした苦さを抱えながら中央線に乗って、これまたロスト・イン・トランスレーションではない吉祥寺の木造アパートに帰ったのだった。

だから外国人を案内するのは難しいのだよ、Hさん。
そんな私も、かつてウィーンで『ビフォア・サンライズ』探しをしたことはある。

残念ながら、イーサン・ホークは見当たらなかった。

before sunrise


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