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【エッセイ】大金を払って気疲れした話

8月31日、と聞いてもまったく憂鬱さを感じなくなって、ああ僕は大人になったんだなぁと思います。
もちろん学生を卒業したのは、ずいぶん昔の話。
でも20代くらいまでは、あの地獄の門の前に佇んでいるような、夏休みの終わりの絶望感を引きずっていた気がします。パブロフの犬というか、もう心身に染み付いちゃっていたんでしょうね。あの重く沈んだ気持ちが。

誰しもそういった無意識に刷り込まれた、変なネガティブ感ってありますよね。まるっきり私事ですが、僕は「都会の夜景」がダメなんです。

以前、港区の高級ホテルに一泊したことがありました。奥さんと二人でちょっと贅沢をしようと思って。
予約した部屋は地上30階。手前には高層ビルが何棟もそびえ立ち、その奥には青々とした皇居が広がっています。180度のパノラマ。ロケーションが売りのホテルなのです。大枚をはたいただけあって、実に素晴らしい眺望でした。
日暮れと共にその見渡す限りの視界が夜景へと移り変わって、まさに息をのむような美しさ……となるはずだったのですが……

いや、眼前の光景は確かに凄かったです。遠くに、近くに、シャンパングラスの泡のように溢れる光。僕が数々みてきた都心の夜景群の中でもトップクラスに良かった。女性が初デートでこんなレベルの夜景を見せられたら、うっとりして「もうどうなってもいい」って100%なると思いますよ。いや分かりませんけど。

問題はですね、僕があまりにも多くの東京のパノラマを見てきてしまったということです。前職のコマーシャル撮影の仕事でです。良い影響も悪い影響もあるけど、今回のシチュエーションに限っては悪いほうの目が出てしまいました。
時間に追われながら東京中の屋上をロケハンしていた当時の記憶が戻ってきてしまって、どうしても心身の緊張が解けなくなったんです。一種の職業病ですね。なんかもう撮影のために前泊している気分になってしまったんです。あんなに、あんなにお金を払ったのに……ううう。
翌朝も五時に目が覚めてしまいました。もう完全にスイッチが入っちゃってたんですね。そんな時間にすることもないので、一人で窓の外を見ながらコーヒーをすすっていました。それもまた「今日はこれからロケが始まるぞ」という感覚に陥ってしまい……。気疲れしたので早々にチェックアウトしました。まあこれは僕の問題なので、ホテルには何の落ち度もありません。

残念ながら夜景は楽しめませんでしたけど、レストランで隣のテーブルがパパ活女子とパパ達の合コンだったので、さすが港区の高級ホテルだなぁと感心してしまいました。すみません、どうでもいい情報ですね。
でもこれからは都心のホテルに泊まる度に、パパ活女子の合コンのことも思い出してしまうのかなぁ。まあそんな機会はほぼないのでいいんですけど。





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