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【小説】図書館の聖堂

「ねえ、あの人今日も図書館に居るね。」弥生が声を潜めて話し出す、私はそれに指一本を口元に立てる。

「解ってる、静かにでしょ、この位の声は怒られないって。」学生時代はそれが正しいか間違って居るかではなく、文句を言われるか、そうで無いかが行動の指標になる。

その頃の私達がそうで、司書の方に叱られなければ、カフェの様に声を出していただろう。

私達はほぼ毎日図書館に行った、学校にも図書館は有ったのだが、本の量が少ない。

近所に図書館が有るのだから、そこに行けとばかりに本を入れてくれなかったのだ。

そこで私達は放課後には学校を離れて図書館に行っていた、カフェには本は無いし、本屋で立ち読みは問題が多い。

2人で図書館に行くのが良い選択だったのだ。

その図書館は割と空いていて、ゆったりと本を読む時間を持てる、本嫌いは来ない場所だ。



その人は図書館の一角に居た、何時行ってもそこに居るから、地縛霊じゃ無いかと思う位だった。

『また居る、何読んでいるんだろう。』私も何時もそれが気になっていた、本を読む顔が余りに楽しそうだったから。

図書館に来る人達も、その人の場所を取ろうとはしなかった、それほどその人が其処に居るのが通常になっていた。


或る日の事、欲しい本が見つからず、その一角に入り込んだ。

「弥生あっちの方で本見てくるね。」声を掛けると、彼女もこくんと頷いた。

別に成人しか入ってはいけない訳では無い、だけどその人の場所を侵した様でよからぬことをした気持になっていた。

今日のその人は本を持って考え込んで居るようだった、本は開いて居るけど、心あらずなのだ。

ソーと本棚から本を抜き取りながら、その人の視線が窓の外に向かっているのがわかった。

『あれっ、何見ているんだろう?』いつも微笑みを浮かべながら本を読んでいるから、窓の外を見ているのが気になった。

私もそっと窓の外を見る、誰か図書館から出て行く人が居る。

この人は去っていくその背中、その人の焦点が合っている、切なそうな表情で、声を掛けたそうに。

この瞳は見たことが有る、友達が好きな人を見ている目だ、真剣に想っている人間の眼だ。

私は彼の聖域に入り込んでしまった気がして、弥生の所に戻っていった。

「どうしたの、何かあった?」聞いてくる弥生を急き立てて、図書館から出てさっきの人を探した。

キョロキョロする私に弥生は怪訝そうだ。

「さっきね、あそこに居る人が出て行った男の人を見ていたんだよね。」答えた。

私達はその時に彼の聖堂が其処だと知ったのだった。



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