〜あの日にかえりたい〜【特別編】 眠れぬ、七夕の夜。

※短編小説 〜あの日にかえりたい〜本編をご覧になってない方には、内容がわかりづくなっています。まずは本編をご覧になってくださいね。


・・・

サヨさんが東京に来る、と聞いたのはちょうど    一週間前だった。

由美の提案に、卓さんが乗り、吉行まいこが大喜びで、段取りをしたという。

もう会わない、と思っていた俺は
内心、焦っていた。

でも、逃げるわけにもいかない。

"秀人に会うのも久しぶりだから、楽しみ!って、サヨが言ってたよ"と 由美が伝えにきて

その横で 卓が
"愛しのサヨちゃーん♪早く会いたい…!"なんて叫びながら、

宝塚歌劇団のような大袈裟なダンスをして
ふざけている。

違和感なく、素直に喜べるメンバー達が羨ましかった。

試行錯誤の結果、
事前にシュミレーションすればいいだろうと
バカみたいなことを思いついて

まず、サヨさんの顔を見た瞬間に言う台詞から
メモに書き出しては、消すを繰り返していたが、
まさかそんなことで、答えが見つかるはずもなく

まぁ、会ったら会ったで案外フツーかもしれないよな。と
自分に言い聞かせることにした。


当日は、みんなと一緒に行けたらよかったのだけど、自分だけ残業になってしまったので、仕事が片付いていく度にそわそわして、無駄にブラック珈琲を何杯も淹れて飲んだりした。


だが、実際に会ってみると、
サヨさんは変わらず、サヨさんだった。

以前と同じように、冗談を言い合ったりもできた。思い出話に花が咲き、楽しかった。

俺の取り越し苦労だったんだ、よかった、と
心の底から安堵したのは

本当に、本当だ。


だけど、その夜、サヨさんと2人で話した後から、
その前の楽しい嬉しい時間の記憶をどこへやってしまったのかわからない。


俺が知っている サヨさん。

優しくて、強くて、誰からも愛されて…
そんなのは、ほんの一部だった。

不器用で、素直になれなくて、子供染みた発言もする。

寂しさや悔しさ、怒り。いろんな感情をぶつける先がなくて途方に暮れていた。

あの笑顔の裏で。


そうだ、あの笑顔の裏で。

彼女を苦しませていたのは、他でもない自分だったと知って、
心が掻き乱されるような感覚に陥った。

俺だけが苦しいと思って、ずっと見て見ぬ振りをしてきた。

なんて、卑怯なんだろう。


あの、バレンタインの時と同じ。
今回、東京に来るのだって、勇気がいったはずだ。

そんなサヨさんを笑顔にさせてあげられなかったばかりか、最後の最後にあんな重たい空気にしたまま帰してしまった自分を
ボコボコに殴りたいと思った。

ベッドに入って、いくら目を瞑っても眠れない。    それどころか、その目から涙が溢れ、
苦しい感情が、山のように出て止まらなくなった。

自分の弱さを憎んだ。
そして、時の流れを恨んだ。

恥ずかしくて、悔しくて、嗚咽が漏れるほどに泣いた。


とあるきっかけを思い出したのは、その後だ。

ベッドに横たわったまま天井を眺めて、数時間が経っていたと思う。

涙が濡れたあとの頬が乾いて、ヒリヒリしている。



・・・

思い出せる限りで、俺が最後に泣いたのは、入社して間もない頃だった。

トラブルがあって絶望的な気持ちになっていた俺は、強張った顔を誰かに見られないようにオフィスを出て、1階のコンビニ裏、その壁の前でうずくまっていた。

思いがけない方向から、
"はい、どーぞ "と 声がしたので
びっくりして顔を上げると、

サヨさんが、缶ビールを差し出す形で、目の前に 立っている。

俺は思考が停止したまま、何か言葉を発することも出来ず、受け取ったビールの麒麟のロゴをただ、まじまじと見つめた。


サヨさんは、そっと 俺の隣にきて

"秀人、きっと大丈夫だよ" と優しく言った、

…と思う。


それから。

あのね、聞いて、と

小さな声で 続けた。

"最近 私はさ、"小さな勇気が実を結ぶ" って言葉を
自分で、編み出したんやけど。

それを、怖くなったときや、不安なときや、勇気が出ないときに 心の中で呟くと…さ、これが、なんかじわじわと効いてくる感じがするんよね。

毎日、悲しいことも悔しいこともたくさんあって
しょっちゅう一人で泣くんやけどさ。
それでも、小さな希望を見失わずに生きていけたらいいなー、と思ってるの"


そう言いながら、サヨさんは泣いていた。

俺もつられて、思わず 泣いた。


すっかり忘れてしまっていたけれど、

この瞬間に俺は、
サヨさんに恋をしたのかもしれない。


"そうやって生きていたら いつかはさ、
それがじわじわ効いてくるって 私は信じてる"

か細くて小さな声なのに、
重心がしっかりしているようで、張りがあった。それはどこか、叫び声にも聞こえた。

悲しくても苦しくても現実から逃げずに、
自分と向き合って、頑張ろうとする。

それが サヨさんだった。



"いつか 私は、秀人と 恋人同士になれるんじゃないかと思ってたよ"

そう言ったときの、サヨさんの顔を
俺は一生忘れられないような気がする。

2年半もの間、ううん。それ以上の長い長い時間
彼女にそうやって信じてもらえていた俺は
なんて幸せ者だろう。


気づけば。

瞼を閉じた先に浮かぶサヨさんの幻想に、
掠れた声で ありがとう、と言っていた。

瞬間に、左の目からすー…と涙がこぼれ落ち
"きっと、大丈夫だよ"と聞こえたような気がする。


そうだ。

きっと、大丈夫だ。

2人の小さな希望は実らなかったけれど、
俺は サヨさんと恋ができてほんとうによかった、と思っている。

この先は、大切なことを見失わずに生きていけるだろう。





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