「なぜ美術は教えることができないのか」ジェームズ・エルキンス
よくあることですが、美術系大学を卒業してから何十年もたって、もっと勉強しておけばよかったなあと思っています。そして、海外の美術大学ではどんな勉強をしているのか知りたくなって、ネットや本で調べ始めました。
まさにその、海外の美術大学で教えているひとが「教えることができない」って言ってる本!めっちゃおもしろそう!
ただ、文章が読みづらかった。もうちょっと整理してほしい。
それでもがんばって読んだのは、これは誰もがあまり触れない、基本的なことに真正面からむきあっているのだと気づいたから。
それは、
「美術ってなにがそんなに大事なん?なにがすごいん?」
という問い。
だってそうでしょう、
教えることができないということは、体系化されて伝達できる技術や価値がないということ?
そうとなれば、美術大学が軒並み価値を失うのでは?
価値を明確にできないということは、美術品、美術館などの価値も曖昧ということ?
でもこれ、実はちょっとみんな思ってないですか?
アートを扱っている本にしろ記事にしろ、美術館やアーティストにしろ、もうスタンスは「アートってすごいよね!それ分かってるよね!」で始まっている。
もちろん私は好きだからそれでわくわくして読んじゃうけど、それでいいのかな。
基本的な教育機関である義務教育での芸術系科目って、地位低いんですよね(個人的な肌感ですが)。最近も旧Twitterで「美術と音楽の時間なくして授業時間へらせばいい」て投稿見ましたが。
楽しく取り組める小学校時代はいざ知らず、中学校にもなれば「なんでこんなことしなあかんの?」て生徒も多いのは事実なのです。担当の教師が説明しなければいけないのは当然ですが、でもそれだけでは力不足なのです。
周りの多くの大人も、うっすらそう思っているのです。「芸術ってよくわからん」って。だからほかの教科の先生が、「内申点に響くからがんばれ!」って説明しちゃう。とほほ。
けれど芸術系の高校だの、美大だのに進学すれば一気に「すごい」ってなる。「よく分らんけどすごい」って。
このでこぼこの違和感は、結局みんなよく分かってないところにある。
もっとアートに関わるひとたちが啓蒙しなければいけないのでは?
(もちろんどの教科でも、業界でも、認知を得たければ同じです)
アート作品を作る人自身も、「こんなことして何になるんだろう」と思ったことはあるはずです。特に売れないときとか。
でもそれは当然のように思います。
食べ物を作る仕事や、人の命を預かる仕事にそんな疑問は生じない(少なくとも私はそうでした。子育てをするときに疑問なんか1mmも感じなかった。目の前にいる生命体の世話をするのに理屈は必要ない)。
万人が納得する答えはでなくとも、自分の中にしっかり落としどころをつけておかないと見失ってしまう、そういう分野なのかと。
読みにくい文章を400ページ近くも読んだ挙句、結論が
「美術を教えるということは不条理であり、私たちは教えてはいない」
なので、本の表題に偽りはなかった!(笑)
もう少しまとめて言うと、
・歴史や美術理論(評論や、哲学・精神分析など)
・視覚表現についての理論や実践(色、構図など)
・技術(絵の描き方、素材の扱い方など)
は教えることができる。しかし純粋芸術の創造は教えることができない、なぜならそれはこれから作られる「新たな表現」だから。
未だ生まれていないものを教えることはできない。
ということです。
教えることのできる範囲は、評価もできる。
・文化の知識や理解を身に着けること
・デザイナーや製品の製造などの社会経済活動につながる
ことに教育的価値はある。(義務教育の中でも触れておき、興味がある生徒が専門科に進学して学ぶのは理に叶っている)
問題は教えることのできない範囲、純粋芸術について(本書は大学教育について述べているので、ここはその範疇で)。
訳者(田畑理恵)のあとがきに、書道家である訳者がアメリカで抽象芸術を学んだときのことが書かれていました。
作品批評の時間が、
「言葉による交流は創作の現場のようで、身体を使って制作している状態に等しい」経験だったと書いています。
すてきだなあ。
「生み出す」場をもうけること。経験をすること。そのことが「学び」で、教えられることとは違うということなのではないでしょうか。
いま、存在しないものを、生み出すちから。
創造力。
そのことに何よりまっすぐに向き合うことのできる分野が、純粋芸術なのかな。
それはできた作品だけではなく、そこから思考プロセス、思想、人生哲学、価値観など、さまざまなものを伝え、よりよい世界を作っていくことに繋がっていくものであるべき。
それは現代美術だけに限りません。富岡鉄斎が語った「人格で絵を描け」という言葉も、そのことを言っているのではないか。
全ての人に受けるってことはムリだけど、もっと分かりやすく価値の発信できないかな。
まず、「価値がどこにあるのか?」って常に自分に問い続けることが大事かな。
読みにくかったけど、この内容をこの量書いた、エルキンスさんの熱量はすごいと思ったし、すごく誠実に美術に向き合っている本だと思いました。
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