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引越し


ちょっとご無沙汰してます、パン屋のサッちゃんです

最近5年近く住んだ田舎街から、パンを販売しているPerryという街に引っ越しました。

日本から持参したスーツケース2つの荷物が、この5年でトラック3台分に!
マーケットを2週間お休みしての引越しでした。

片付けていると日本を発つとき頂いた手紙や写真が出てきて、当時が懐かしく思い出されます
あの時Kentさんは学生で、生活に余裕がないのは覚悟していたけれど、やっぱり大変はありました

「行ってみて、ダメだと思ったら帰っておいで」と言ってくれる人
「行くなら、もう帰えらない覚悟で行く方がいい」と言う人
今なら何方も大切な心構えだと分かりますが、当時は何方が本当なのかと考えたものです

「何時か、やってみたい」と思いながら挑戦していないコトが沢山あると気付いたのもその頃でした。
米国ビザが下りれば出発です、あと何日いられるか分からない、帰ってくるかも分からないこの場所で、行動するのなら「今しかない!」と思いました

期限が迫ならいと動けないのは昔からで
「上手くいかなかったらカッコ悪い」
「迷惑かけて嫌われたくない」
「批判されるかも」
行動のストッパーになっていた声が頭をよぎりますが、耳を貸している暇はありせん

将来のためと貯めていた少しばかりの貯金と、使えるだけの時間と体力と人脈で出来ることは全てやってアメリカに行こうと決めました
結果カッコ悪い自分を沢山体験し、迷惑も沢山掛けました

それまでの仕事中心の暮らしが一変、頻繁に出掛けては夜遅くに帰ってくるようになり
「あんた、最近は全然家にいないじゃん。そんなに遊び歩いてばっかりいたら、アメリカに行って大変なんだから!」と近所のおばさんから注告を受けたことがありました

コツコツ真面目だったサッちゃんが、急に不良になっちゃったと心配してくれたのでしょう
言葉にしたのは彼女だけでしたが、同じように感じていた人が他にいたかも知れません

でも気になりませんでした
相手にしている余裕がなかったんです
今行動しないと、それこそアメリカに行ったら大変になるから
後になって「あの時、やっておけばよかった」と後悔だけはしたくない、その一心でした

想像どおり、Kentさんが住んでいた大学近くのアパート暮らしは全く余裕のないもので、
空調がうるさく夜眠れず、水は臭いしカルキが酷く、建て付け悪くあらゆるものが傾き、窓や扉が開閉し難い、床や壁が薄いため歩くと家具が揺れ、虫に悩まされ、オーブンの横に洗濯機を置く謎の設計、便座は冷たいしKentさんのお尻には小さすぎるし…まだまだあるんですが、ここまでにします(笑)

暮らし始めて直ぐ「私、このアパートは長く住めない。3年以内にここを出たい。5年は絶対無理」と言ったのを覚えています。
当時は食べるも大変で、どうやったらその生活を抜け出せるのか想像も出来なかったけれど、とにかくそう決めました

その年KentさんはIT企業で勤め始め、3年目にはパン販売も軌道に乗り始めましたがコロナ禍で先が見えず、あちこちで家賃が上がっていたので引越しを見合せました。

3年も暮らすとその生活にもすっかり慣れ、5年近く住むと「こんなに寒い日に、暖かい家があって有難いね」と感謝するようになっていました。
そして、あんなに嫌っていた生活から抜け出すのが怖くすら感じるようになってくるから不思議です。
あれから4年と10ヶ月目の引越しでした

「決めると、そうなるんだなぁ」
当時作った欲しい物リストの最後の1つ“House”に印を付けました

長々と書きましたが、皆さんの応援やサポートで何とかここまで来れました、心からありがとうございます!
そして今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございます

#引越し

家族や友達に助けられて1回目の荷積み
YouTube動画に洗濯機が映らないよう、カメラ角度を調整していたキッチン
2019年に作った欲しい物リスト
リスト最後のOur own house。持家ではないので「House」に感謝とともに印をつけた



#引越し


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