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#90 コミュニティでリアルで話せて嬉しかった。人との心の距離・安心安全について考えた 〜拝啓1ヶ月前のわたしへ

今日は1ヶ月前の自分へ

このシリーズは、わたしが過去の自分に対して、手紙を書くように、自分の気づきや大切にしたいことをしたためていく、100日note投稿チャレンジです

昨日は所属しているコミュニティ、コルクラボの定例会兼忘年会に参加した。久しぶりのリアル参加をし、帰り道、やっぱりリアルいいなぁなんて思った流れから今日のnoteを書いてみる。

昨日できてよかったなと思ったことに、ちょっときっかけが掴めてなくて話せていなった人と話せたことが浮かんだ。

「○○の活動、がんばりきれなかった・・・ごめんね。」
と話せたことが個人的にホッとしたというか、安心した。

いざ話してみると、相手の反応的にも、そもそもそんなに期待してたわけじゃないから「全然大丈夫だよ!気にしないでよ!」という感じではあって。そりゃそうかなとは思ったのだけれど。やっぱりわたしとしては関わっているコミュニティは盛り上げたいと思うし、特に中心でいろんなものを背負ってくれている人にはリスペクトがあり(関わってみてよりリスペクトが増したところも大きいのだけれど)、貢献できなかったことにちょっとした罪悪感があった。。。

こういう時に、なんとなく気まずいなと感じたり、だんだん距離をあけてしまうこともある。のだけれど、そこを一つ踏み込んで切り出せたことで、個人的に雪解けした感覚があった。

今年の後半は自分のビジネスやオンラインスクールの運営でいっぱいで、なかなかコミュニティの活動にアクティブに参加できなかったり、オンラインのやり取りにも関わることができなくて、ちょっと距離がある感覚も持っていたから尚更。会って、「最近どうしてるの?」「すごい活躍だなと思ってみていたよ!!どう頑張ってたの!?」なんて話がいろんな人とできて、こういう度に、心の距離が5cmくらい縮まる感覚がある。

こうやって、コミュニティの中で、自分とAさんの距離が少し縮まった。Bさんとの距離が縮まった。となって、自分的に心の距離3mくらい(長さはほんと雰囲気)の広さの中にいる温かさを感じられる人たちに対して、「自分はいても大丈夫そうだ」なんて感じながら、安心と安全を確認しているのかもしれないと思った。

そして、こういう関わりはオンラインでもできるという感覚もあったのだけれど、リアルだとだいぶ雰囲気が違う。背中合わせでほとんど話せなかった人でも、チラッと相槌を打ってみたことが一緒でなんか通じてる気持ちになってみたり、「○○、またね〜〜!!」って去り際に声をかけられたりするだけで、1cmぐらいずつ距離が縮んでいく感覚がある。「さちえるって〜〜だよね」とか、「YouTubeがんばったねぇ」なんて声をかけてもらえるだけで、この人は3m以内だ!みたな感覚(これ、本当に感覚で別に数値化していたり測っているわけじゃないんだけど、気持ちの距離の話ね)を持てたりする。物理的には肩がぶつかったり、肩をポンと叩いてみたり、そういうコミュニケーションもわたしとしては1cmずつ縮めていくアクションなのかもしれないと思った。

こうやって書いていて、猫のマーキングみたいだななんて思った。苦笑

普段全然深くは考えていないのだけれど、このコミュニティのイベントに参加する感覚については、やはりリアルの感覚は何十倍か違って感じるなと久々に感じたので、忘れる前に言葉にしてみました。

人はこうやって周りの人との距離を確認しながら、自分の心的な安心安全の場を作っているのかもしれない。

今年もいろんな形で関われた皆さま、ありがとうございました!
なかなかわたしが上手に絡めなかったみなさまも、来年はより一層、どうぞよろしくお願いします^^

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