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創作大賞2024恋愛小説部門応募作「青い海のような紫陽花畑で」6話



クリスマスには親戚や友人がジェレマイアを送り出すために集まった。
リズとブライアンもテディとイリスを連れて訪れた。

リズとジェレマイアが親しんだクリスマスツリーの下で、無邪気に遊ぶテディとイリス。
暗さが広がる世の中で、子供の
純真さは救いであると誰もが感じていた。

ブラックプティングも
ミンスパイもジンジャーケーキも
テーブルに並んでいた。

「ジェレマイア、君の志願は素晴らしい
ことだ。誇りに思うよ。」
背の高い、眼鏡をかけたブライアンは言った。

ジェレマイアは恐縮し、軽く頭を下げた。
リズは少し離れて、ふたりのやりとりを
見ていた。

「ジェレミー、森へ入って星を摘んできて
くれないか?クリスマスの、星を。」

セオドアは言った。

地方の言い伝えで、クリスマスに森に入り、
いちばん輝く光をランプに灯し、讃美歌を歌いながら帰ってくると家に祝福を迎えることが
できるという。
子供の頃は暗い森が怖くて、父と一緒に
森へ入った。
光る星を見つけ、祈り、ランプに灯して
讃美歌を歌いながら、探検家のような気持ちになり、
高揚して帰ってきた。


出征するジェレマイアに神の加護をと、
父の思いであった。

「リズとブライアンも行ったらどうかしら?」
メアリーは言った。

3人で顔を少し見合わせると、
ブライアンは言った。

「兄妹の話もあるだろうから。
ふたりで行っておいで、リズ」
ブライアンはそう言ってリズの
背中をそっと撫でた。

リズとジェレマイアは頷き、
席を立った。

ふたりの後ろ姿を見ながら
メアリーは言った。

「仲の良い、かけがえのない
兄妹なのよ、あの子たちは。」

メアリーは涙ぐんでブライアンを見た。

「本当に。リズは出征をすごく
寂しがっていますよ。」



コートにマフラーを巻いて
寒い冬の夜道を、ふたりは歩いた。
ジェレマイアと腕を組み歩く、星空の下。
リズは穏やかな心を感じた。

「私たち、いい両親の元で育ったわね。」

リズは言った。

ジェレマイアはリズの横顔を見た。

「僕が留守の間、時々は気にかけて
やってほしい。」

「もちろんよ。みんな、あなたの
無事を祈っているから。」

ランプの灯りを頼りに
ふたりは森に入って行く。

星空は美しく、冷たい空気が
一層、冴えた夜空を描いていた。

ふたりで空を見上げていると
瞬く星が呼んでいるようだった。

「あの星にしよう。」

「ええ、あの星だわ。」

星の真下でふたりは目を閉じて祈った。
祈りの途中で、リズは堪らず、泣き出してしまった。
光に照らされたリズの美しさをただぼんやりと見ながら、ジェレマイアはリズを焼き付けていた。
瞳の奥の、映写室に。

「愛が辛すぎて、あなたは行ってしまうの?」

リズは涙を拭いながら言った。

「リズ‥‥笑ってくれないか?
笑おうよ。」

ジェレマイアは優しい眼差しを向けた。

「あなたが笑ってほしいなら、
私は笑うから。」

そう言ってリズは微笑んだ。

そしてジェレマイアも微笑んだ。

頭上の星は大きな光となった。
ジェレマイアは見上げた。
「君が護られますように。」
そう言って、リズの手を握った。




ジェレミー、
戦地は、過酷なことでしょう。
私はあなたに今、この瞬間にも
何かが起こっていたら、と思うと
私の息が止まりそうになります。

もう3か月が過ぎましたね。
ブルーベルが咲いています。
春を歌っています。

ジェレミー、どうしたら
あなたは帰って来てくれますか?
あなたが帰って来てくれるのなら
私は家を出てもいいのです。
本当のことを話したら
すべてが崩れてしまうけれど
戦地であなたを失うならば
すべて崩れて、罰を受けたい。
あなたを引き摺り込んだのは私。

私の贖罪です。

私は恐ろしい魔女なのだわ。

私はあなたの無事だけを祈り続けます。

リズ



戦地に来て季節が変わった。
真冬から春へと。
リズからの手紙にはジェレマイアの安否とふたりの関係の贖罪の思いが、とめどなく溢れていた。

ジェレマイアは馬の状態を管理していた。
蹄や脚が痛み、傷口から腐り、
死を選択せざる得ない場合もあった。

今は馬たちを診ているが、もっと激しくなったら
いづれ、兵士たちを診るようになるだろう。
時折、恐怖で手が震える。
志願したとはいえ、想像以上の過酷さに
怯む自分を必死になって隠していた。

「先生、パドゥシャの脚が少し腫れている
ようだ。後で診てくれないか?」

ユアンはブルーの瞳の
紳士風な、品のいい将校だった。

「馬の脚にウィスキーを吐き付ける野蛮な
医者がいたのさ。先生の前任。」

ジェレマイアは苦笑いを浮かべた。

「治癒のつもりだったのかな。」

「だろうな。」
ユアンは眉間にシワを寄せた。

ふと見ると、
ユアンの左手の薬指には指輪が光っていた。

「家族がいるのですね、将校。」

ジェレマイアの言葉にユアンは軽く笑った。

「結婚はしていない。
永遠がわからないから。」

「永遠?」

「女は永遠を欲しがる。」

その言葉にジェレマイアは小さなため息をついた。

「心当たりがありそうだな?先生。」
ユアンはジェレマイアを上目使いに見た。

「結局は女の海に泳がされている。
そう思っていた方がいい。」

ジェレマイアは軽く疼いた。
それから,思い当たる者同士で笑った。

「こんな世の中さ。殺し合いや奪い合いが
続く世の中で、誰かを愛することだけが
人生の美だ。」

ユアンはそう言って指輪に口づけた。

ジェレマイアは思い出していた。
心を交わし、愛を交わすために生まれた、
と、リズが言っていたことを。






























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