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創作大賞2024応募作・恋愛小説部門「青い海のような、紫陽花畑で」2話




砂浜を歩く、柔らかな感触。
一緒に歩いている愛馬のソルヴェイグも
楽しそうな息遣いだった。
ソルヴェイグを引くリズの、
そのブロンドの柔らかな髪が風に靡いていた。
そして芦毛のソルヴェイグの、ブルーグレー
の鬣も、風に靡く。

砂浜に座り、動物医学書を読んでいた
ジェレマイアは目の前を通り過ぎる
リズとソルヴェイグがまるで
絵画のようで見惚れていた。

リズは立ち止まり、ジェレマイアに
笑いかけた。
動物医学書を閉じ、小脇に抱えて
ジェレマイアはリズの元へ歩み寄る。
するとソルヴェイグが鼻を鳴らした。
「お腹すいたのか?ソルヴェイグ」
ジェレマイアは言った。
リズはソルヴェイグの鼻を撫でた。

「ジェレミー、勉強、捗っている?」
リズが言うと、ジェレマイアは頷いた。
「大学へ行ったら、離れちゃうね、私たち。」
ジェレマイアはリズの寂しげな瞳を
見ていた。
「大人になるってことは、そうさ。
離れたりする。けれども兄妹は永遠だよ。」
ジェレマイアの言葉にリズは少し苛立ちを
覚え、軽く唇を噛んだ。
「私の方が先に、ジェレミーからいなくなる
かも。縁談があるの。」
ジェレマイアは少し戸惑いながら言った。
「社交クラブに通っているのは
結婚のためだろう?縁談は願ったりかい?」
リズは目を伏せた。
すると、ソルヴェイグがまた鼻を鳴らした。

「兄妹じゃないもの。
私たちは兄妹のように育ったいとこ。
兄妹は永遠じゃない。いとこも!」
リズはそう言ってソルヴェイグを引いて
海風の中を歩き去った。


6月の雨の朝、
リズは懐かしい夢を見た。
その夢のままでいたくて、
目を覚ましたくはなかった。

幼い頃、
ジェレマイアはリズを連れて
海辺や森へ行った。
そこで走ったり、追いかけっこをしたり
花を摘んだりして遊んだ。
紫陽花畑へ行くと、何週間か前には
白い色だった紫陽花が、美しく深い
青い色に染まっていた。

まるで、紫陽花の海のよう。
幼いリズは紫陽花より背が低くく、
青い海の中に溺れてしまうように感じた。
怖くなってリズはジェレマイアを呼ぶ。
「ジェレミー、ジェレミー。」
半分泣きながら。
するとジェレマイアが走ってきた。
そして優しい瞳でリズを見ると
ジェレマイアはリズを抱き寄せた。
リズは安心してジェレマイアの胸に
顔を埋めた。
「リズ、見てごらん。
紫陽花が揺れているよ。」
風に揺れる、青い紫陽花。
「リズ、海はおかあさんだよ。
だから怖くない。みんないつか、
海に還るのだから。」
ジェレマイアにしがみつきながら
リズは青い紫陽花の海を眺めた。
光に照らされ、キラキラと光る。
まるで水面のように。
リズは思った。
きっと、いつか、
ジェレマイアと一緒に海に還る。
ジェレマイアと一緒に。



3話へ続く

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