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掌編-終電-

 3行ある電光掲示板が表示する列車は一つずつ灯りを消していき、ふと気づけば残り1本となった。「ふと気づけば」と言ったが、実際には残り3本になった時点で、私はその事実に気が付いていた。多分に湿気を含んだ生ぬるい風が吹き抜ける改札前。今現在ここからホームまで歩いて行っても余裕な時間はあるし、ICOCAのチャージはこの駅から自宅最寄り駅までの運賃2往復分は入っている。満たされていないのは私の問題だ。

 この前見た映画では終電の乗り過ごしで恋愛が走り出していた。その映画を私は目の前にいる人と見に言った。先週の土曜日である。カップルで溢れかえっていた館内で「こりゃあカップルで見ていい映画なのかね?」と終演後に彼女と笑いあった。ハッピーエンドともバッドエンドとも取れそうなストーリーだったが、主人公のカップルが出会い、そして別れていく話だった。「きっと各々思うところがあるんだよ」と私は言ったが、“私達の関係はそれ未満だ”と突き付けられた気がした、というのが私の素直な感想である。別に私たちはカップルではない。

 その日は気分が良くて、アイスを買って帰った。そのままその日は改札を超えず、翌朝くぐった。別にカップルではない。知らない匂いと改札を通り過ぎた午前5時はグルグルとホームで舞った。それはプールサイドを駆け抜ける危うさと似ていた。ヘッドライトがまだ薄暗いホームを照らしたが意味もなく始発は見送った。始発に乗ったら「翌日」に上書きされてしまうような気がしたのだ。結局ジメっとした空気に耐えれなくなって3本目に乗って帰ったが、車内のクーラーのひんやり感は少し嫌だった。

 あの日と変わらない生ぬるい風が吹く。今夜はどうするのか。終電は私を明日へあっさり連れて云ってしまう。その前にどうか。

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