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エッセイ ジャンク臨床心理士のつぶやき vol.2

私の趣味は迷子である。

生家の庭は、山と繋がっていて、先祖代々のお墓が敷地内にあった。お墓の後ろには、防空壕が2つあった。

近所には、私と同い年の女の子は1人も住んでいなかった。兄の学年の子は沢山いて、人口には奇妙な不均衡が存在した。しかし、戦後農業で生計を立ててきた祖父母が余生に手入れし続ける200坪を超える庭に退屈の文字はなく、私は1人でもチョー楽しかった。

1番ワクワクする遊びは、裏山で迷子になることだった。四十を超えて今それを振り返ると、ワクワクを通り越してゾクゾクしさえする。
舗装もされていないような「道なき道」もあった。

敷地と繋がった山を、庭から三歩踏み出て上ってゆくと、近所のひと達の先祖代々のお墓がぽつりぽつりと建っていた。所狭しと生い茂る九州特有の豊かな木々に花々。地域性の出るいい加減な植え方の果樹や野菜。スズメバチには気をつけるよう言われていたので、ハチがいたら注意深く見分けた。猪が出るという噂があったから、私は茂みに猪の存在を想像するときハラハラして、それ以上はゆくのを止めた。ミミズとはずいぶん戯れた。あらゆるものは怖くなくても、蛇だけはどうにも見ると凍りついたように固まってしまう。爬虫類は苦手だ。
最近は爬虫類を趣味で飼う人も増えているようだけど、あの感覚だけは、元臨床心理士の私にも解せない。5年後にはどうかわからないけれど。

防空壕の用途は、他所の子ども達が集まったときに盛り上がって入るパターンもあったけれど、うちのおばあちゃんはフツーに物置きとして使っていた。それに気づいた時、微かに恐怖を感じたけれど、あれが太平洋戦争を一家の主として生き抜いた女なんだなぁ。

今では孫の私も二児の母だけど、「自然と触れ合いましょう」と銘打って整備された公園を見ても全くワクワクしないし、そんなものに満足して「自然と触れ合ってきた」とピースサインする子ども達の写真を、夫からのLINEで見ても冷ややかな視線を落とすことしかできない。阿蘇の噴火口ならびっくりしてあげてもいいけど。

自然に名前を付けるな。自然じゃなくなるから。

人類は、名前を付けるの好きだなあ。まあ、迷子になったら困るもんね、普通。

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