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コンサルティングファームにおけるアップ・オア・アウト(第1回)~「人材の質の維持」のため?

コンサルティングファーム独特の仕組みとして「アップ・オア・アウト」というものがあります。コンサルティング業界に身を置いたことがない人でも、言葉だけは聞いたことがあるという人が多いのではないでしょうか。

形式的には人事制度の1つに過ぎませんが、コンサルティングファームを様々な意味で特徴づける仕組みですし、特にコンサルティング業界を志す人にとっては、コンサルティング業界の厳しさを象徴する仕組みとして捉えられることも多いかと思います。

今回はこの仕組みがなぜコンサルティングファームに存在するのか、またこの仕組みが意味することは何なのか、について考えてみたいと思います。


そもそもアップ・オア・アウトとは

「アップ・オア・アウト」とは、一般的には「昇進するか退職するか」と訳されますが、その運用を踏まえてより正確に言うと、

「一定期間以内の昇進を強制する仕組み」

と捉えるのがその本質に近いと思います。

前提として、コンサルティング・ファームには多くの「テニュア(=職位)」というものが存在します。ファームによって具体的な呼称は異なりますが、多くの場合「アソシエイト」や「コンサルタント」、「マネージャー」、「パートナー」と言った役職名によって、各社員のポジションが明確に定義されています。

そして、各テニュアごとに、「期待される昇進スピード」というのが設定されています。例えば、「アソシエイトからシニアアソシエイトには2年以内にならないといけない」といった形です。

そして、「アップ・オア・アウト」の仕組みを採用しているコンサルティングファームにおいては、期待されている期間以内に昇進できなかった社員に対して退職が勧告されます。(厳密には半年程度の猶予を経て最終的な退職の勧告・決定がなされることが多いです。)

コンサルティングファームを含めた外資系企業のドライさや厳しさを象徴するようなこの仕組みはなぜ存在するのでしょうか。

「人材の質の担保のため」?

一般的には、「アップ・オア・アウト」は、

「ファーム内の人材レベルを一定以上に保つための組織の新陳代謝の仕組み」

として説明・理解されることが多いように思います。

厳しい採用基準でファームの「入口」を狭く設定するだけでなく、ひとたび採用したとしても継続的にパフォーマンスを発揮し成長し続けられない人には半強制的な「出口」を設定し、ファーム内部の人材レベル、敷いてはコンサルティング・サービスの品質を担保する、という意味合いです。

しかし、上記のような説明に対して疑問に感じるのは、「人材の質の担保」だけを考えたときに「アップ・オア・アウト」は必要かつ最適な手段だといえるのか、という点です。

「アップ・オア・ステイ/ダウン」でも人材の質は担保できる

仮に上のポジションには上がれないとしても今のポジションで十分なパフォーマンスをしているのであれば、アウトにせず現在のポジションのまま残す(「アップ・オア・ステイ」)という形でもファームとしてのデメリットはないはずです。

現在のポジションに対応した給与に対して十分なパフォーマンスを発揮し続けてもらえると考えれば、ファームの視点からは「安定して”計算できる”人材」というポジティブな見方もできます。

当人としても、クビになるぐらいなら昇進・昇給がなくとも今のポジションのままファームに残りたい、という人は一定数いるでしょう。
話がそれますが、十分なパフォーマンスを発揮して昇進が可能な人であっても、「マネージャーになってもっと忙しくなるよりも給料は今のままでいいからコンサルタントのポジションで居続けたい」と思っている人もいるほどです。

さらに、そもそも現在のポジションであってもパフォーマンスが不十分だとみなされるケースについては、そのパフォーマンスに対応した役職に「ダウン」してファームには残ってもらう、ということも選択肢としてあるため、「アウト」とする必要性は低いでしょう。

最も低い役職(「アソシエイト」など)で入社した人のパフォーマンスが振るわない場合どうするのか、という問題が厳密にはありますが、「アップ・オア・アウト」が問題になるのは、コンサル未経験でありながら社会人経験を買われて一定以上のポジションで採用されたが、想定された期間以内にコンサルティングワークへの適応がしきれなかった、というケースであることが多いのが実態です。


上記の点を言い換えると、「成長・昇進スピード」というアップ・オア・アウトならではの要件を課さずとも、「実力主義(=各人のパフォーマンスに対応した職位・給与)」や「サービスの質に対応した人材の質」というコンサルティングの人事制度の根幹は守れるのでは、ということです。

「アウト」にすることで採用・育成のコストが無駄になる

また、ファーム側としても「上のポジションに昇進できないから」という理由だけで今のポジションにおいては十分な能力の社員をクビにして、他方でコンサルティング経験が必ずしもない人を新たに採用して育成するというのは、そこだけを見ると経済合理的でないように思います。

採用という観点では、特に人気が高い外資系経営コンサルティングファームのケースだと、募集人員に対して数十倍から数百倍の応募があり、候補者の選別はコンサルティングファームにおいて多大な人的コストがかかっています。

書類選考や筆記テストなどを経た後の面接に進む候補者だけでもかなりの人数であり、最終的にオファーを出すまでに候補者当たり30分から1時間の面接を3回~5回も行います。

これらの面接は、多くのファームにおいて人事担当者ではなくコンサルタントによって行われます。(この点もコンサルティング業界独特の仕組みです。「ケース面接」という独特の面接フォーマットと合わせて、コンサルティングファームの採用の仕組みについてはまた別の機会に検討できればと思います。)
大規模なインターンの直前などは多数のコンサルタントが週末の朝から晩まで拘束され、ほとんど休憩なしで面接をし続ける、という状況も存在しており、コンサルティングファーム内部からも「採用にコストをかけすぎでは」という声は常に聞かれます。

育成という観点でも、多くの場合入社後3か月~半年程度(長い場合は1年程度)は「研修・適応期間」として捉えられ、クライアントに対して請求する工数にはカウントされません。
つまり、ファームとしは売上には貢献していないのに給料を払っている期間が一定期間存在するということです。

ここまで多大なコストを払って採用・育成した人材を、「上の役職に上がるのに十分な成長をしていない」という理由だけで「アウト」とするというのは、そうせずとも「サービス品質に見合った人材レベルは保てる」という既に触れた点も踏まえると、ファームとして経済合理的だとは言いづらいと思います。

まとめと次回予告

今回はアップ・オア・アウトという仕組みの定義と、その一般的に理解されている目的について考察してみました。

アップ・オア・アウトが無くても人材の質の維持はできるという点と、アップ・オア・アウトのファーム視点での経済不合理性を考えると、「なぜアップ・オア・アウトが必要なのか」という疑問に対する答えは、「人材の質」という局所的な論点だけ考えても十分な答えが見えてきません。

一歩引いて、そもそもこのような独自の人事制度を持つ「経営コンサルティング」とはどのようなサービスなのか、ということを考えることでヒントが見えてくるように思います。

次回はこの視点からアップ・オア・アウトについての考察をさらに進めてみたいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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