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鏡越しの絆

「なんでオレの名前はケンなんだ?ネコなのに」
ボロ家に似合わない大きな鏡の前で男に聞いた。

「お前がでかいからイヌと間違えたのさ。だから、ケン」
男は笑いながら、鏡に映るオレに答えた。

ひと月に1日だけ、オレと男は鏡の前で会話をする。その日だけ、鏡越しであればお互いの言っている意味がわかるのだ。理由はわからない。
男は小説家だから物知りかと思ったが
「小説家ってのは何も知らないやつのことさ」
と言って笑った。

オレと男は、たくさん話をした。オレは、猫まんまばかりだから、たまには新鮮な魚がいいとか、男は1日10分、膝の上に座って撫でさせろとか要求した。

男の仕事の話もした。

小説が煮詰まったら、オレがアイデアを出した。オレは町を巡回して、色んな人間を観察している。刃傷沙汰や人情噺やら面白そうな話はいくらでもあった。男は話を聞きながら、
「こりゃいい」と言って、ペンを走らせた。
どうやら小説家ってのは人の噂が好きらしい。

あと、男は下手な俳句も詠む。得意げに披露してくるが、オレに言わせれば自然描写がなっていない。いつも庭や近所を散歩して草花を観察しているが、てんでだめだ。

「オレみたいに花の下に潜ったり木に登ったり、時には食べてみて感じなきゃいい句にならんぜ」
と言ったら、感心して、本当に雑草を口にしたりした。案外可愛いやつ。


そんな男が突然、倒れた。

似合わぬ恋愛小説を唸りながら書いている途中だった。
オレは、どうしていいか分からず、ニャーニャー必死に隣で鳴いた。その日は会話ができる日ではなかったから、オレの声は男に通じなかった。それでも男は、少し目を開けて、「大丈夫。ありがとう」と弱々しく言った。

オレはこの時ほど、ネコと人間という関係を呪ったことはなかった。オレも人間であれば、せめて言葉が通じれば男を助けてやれるのに。

幸い、男は良くなった。オレが鳴く中、1時間ほどしたら体調が回復し、自分で救急車を呼んだ。2日ほど帰ってこなかったが3日目にはマグロのおやつを手に戻ってきた。

「お前に救われたよ。ケン」
テレビの音にかき消されるようにぽつりと言った。
「オレは隣で鳴いてだけさ」
「いや、はっきり聞こえたよ。お前が俺の隣で泣きながら励ましてくれる声が」
「泣いてない、鳴いただけだ。それにしゃべれる日じゃなかったから分からないだろ」
「心が通じ合えば、人間とネコって垣根なんざ大したもんじゃねぇさ。それに、小説家ってのは、相手の気持ちが分からなきゃなれないのさ」
男はオレの頭を撫でながら、低く笑った。

「ならなんで、人間同士は戦争してるんだ?」
「心が通じ合ってないからさ。姿が似てたり、言葉が通じるだけじゃダメなんだ。‥‥そういや、今度の小説の主人公は、ネコにしたぜ」

「人間も大変だな。オレはネコでよかったよ。主人公のモデルはオレか?かっこよく書いてくれよな」

もうオレたちに、鏡は必要ない。

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以上、文字数は1183字です。

この作品は、夏ピリカグランプリに応募したものです。
前回とは違うテイストでやってみました。でも、根底にある、違いを認め合う所はあんまり変わらないかもしれません。

ピリカさんはじめ、夏ピリカ関係者のすべての皆様にお礼を伝えたいと思います。
素敵な企画、ありがとうございます!


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