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赤い女

「私のママなのに、なぜみんな“ママ”って呼ぶんだろう」
と幼い頃の律子は不思議に感じていた。
純喫茶リリーのママは律子の母でもある。

ママは赤が好き。
リリーの壁も床も全部赤い。
もともと別の名前の喫茶店だったこの店を、そこで働いていたママが譲ってもらい、栓抜きさんに頼んで赤い店にしてもらったそうだ。
ちなみに車も真っ赤なブルーバードに乗っていた。
「ブルーバードなのに赤ってなんだよ」と、律子は6歳ながらに思っていた。

ママはいつも車のドアを勢いよくバンっと大きな音をさせていた。
足元はツッカケというものを履いていて、歩くたびにカッカカッカ音を鳴らすので、ママが来るとすぐにわかるのだった。
黙っていてもそこにいるだけで騒がしい人だった。

山田のババは、そんなママのことを
「子年(ねずみどし)生まれだからせっかちな人だ」
と言ってた。
おババはなんでもかんでも干支に絡ませてくる。
この前は、子年だから働き者だと言っていたのに。

ママは未婚だ。
だけど、この時の律子はまだそれを知らない。
思い返せば、律子のお父さんが家にいるのは「たまに」だった。
奴はいつから存在していたっけ?
記憶の途中から突然登場したような気がする。
いつの間にか存在していつの間にかいなくなっていた。

父ついては律子が大きくなってからも不自然な記憶となっている。
成長と共に、友達の家とは違うということに、だんだん気づいていくのだ。

ママの1日は、朝、家からリリーの途中にある保育園に律子を送り届けてからお店を開けて、夜、お店を閉めてから保育園に律子を迎えに行き、車で15分くらいのところにあるアパートへ帰る。
車ではいつも、甲斐バンドかローリングストーンズの曲が流れていた。

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