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栓抜きさん

カランコロンカラン
ドアが開き、ドアベルが鳴る。
「ママおはよう、ホットね」

近所の大工さんが一番乗りだ。
いつもコーヒー牛乳みたいな色をした作業着でやってくる。
細っこくて、日焼けしてまっ黒い。
顔の形が平べったくて顎が小さくて、栓抜きみたいな形をしてる。
律子はこのおじさんを心の中でこっそり「せんぬきさんと呼んでいた。
ちなみにこのせんぬきさんが、後に律子の家を作ってくれる人だ。
いつもニコニコして優しそうな人。

常連さんは、何も言わずともモーニングセットなのだ。
それは暗黙の了解なのだ。
注文しなくても、席に着いたら順次出てくる。
朝にお客さんが入ってくると同時に、ママはまず温めておいたトースターにパンをいれる。
それから お水とおしぼりを出して、ウォーマーで温めておいたカップに
淹れたてのコーヒーを注ぐ。
するとトースターが鳴る。
純喫茶リリーの モーニングトーストはバター、ジャム、小倉から選べる。
そしてママは、誰がパンの耳を切って欲しいのか、誰がジャムがいいか、聞かないでもわかってるんだよ。
せんぬきさんはいつもバタートーストだ。

本間製パンの長い食パンを3cmくらいの厚さに切ってトースターでチン。
常温でやわらかい大きい缶に入ったマーガリンをたっぷり塗って、紙ナプキンを敷いた木のお皿に乗せて出す。
この辺の喫茶店のモーニングサービスは、コーヒー1杯分の値段で、1枚の半分のトーストとゆで卵のセットがつくことが多い。
でもリリーはトーストまるっと1枚だ。
その代わり、ゆで卵もサラダもトーストの他には何もつかない。
お得なのかどうなのか?
近所にはリリーの他にも喫茶店がいくつかあるから、モーニングセットの内容で行きつけの喫茶店が決まるのだ。
あとはその日の気分によってメニューを変えるように、訪れる喫茶店を変える。

せんぬきさんがお店に来てから2〜3分でモーニングセットが運ばれる。
とてもスムーズな流れ作業だ。
律子はいつもカウンターの端っこの席に座って、そんなママのテキパキした動きをじーっと眺めていた。

せんぬきさんを皮切りに、次々とお客さんが入って来る。
途端にガヤガヤと賑やかになる。
早い時間にくるお客さんは現場仕事の方が多い。
みんな急いでいるので、お待たせするわけにいかない。
次々にコーヒとトーストを出す。
トースターが鳴り止まない。

いつもの賑やかなリリーの朝の風景だ。


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