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強さとは優しさ。優しさとは強さ。


今私は学校で、「英語の授業改革」という自分の中では大きい挑戦をしています。5月から1人で動き始め、動いて動いて、ワクワクが止まらなくて、とにかく楽しいのですが、それと同じくらい、傷ついて、泣いて、苦しい思いをし続けてきました。

夏休みは上のnoteにも書いたように、Twitterを始めて、周りと比べてしまったり、不安な気持ちで過ごしていた毎日でした。

夏休みが終わるまであと3日しかない!!ぐらいの時が病み度MAXだった気がします笑
私のnoteを読んでくださっている方の中で気づく方がいるのかは分かりませんが、その頃私は、普通に前向きなnoteを書いてました笑笑 実はあのときのnoteは暗い心ながら書いてたんですよ…ていうカミングアウト笑

その頃の思いを綴ったツイートがこちら。

結論、学校が始まる登校日、私は学校に行くことができませんでした。
行こうとするとお腹が痛くなるんです。それでも行こうとする私に両親は「今日は休んだほうが良い」と言ってくれました。

そして学校を休み、一日中ぼーーーーっとしていました。
映画でも見ようかな…とも思ったんですが何をしても楽しくなくて。
不思議なことに、15時くらいになるとなんか悲しくて泣き出すんですよ笑
ほんとこの頃はたくさんの人に救われました…
そのときの思いを泣きながら書いたnoteも実は下書きに残っています笑

登校日は木曜日で、木曜、金曜、2日とも学校を休みました。
問題は月曜日です。頭の中では、月曜からは学校に行こうと思っていました。でも、無理だったんです。いつも乗るバスに乗れなかった。こんなこと、生まれて初めてでした。

とにかく学校に行くのが怖かった。授業改革をしようと、少しでも学校の授業を良くしようと動き出した。それなのに、周りが避けていく感じ、後ろで何か言われているような記憶を思い出して怖かったんです。でも、今日行けなかったらもう学校に行けなくなる気がしました。多分、今の学校じゃなかったら転校したと思います。でも、転校はしたくなかった。学校を思い出すと先生たちと先輩の顔が浮かんでくるんです。大好きな人達とまだ居たい、勉強したい、話したい。大好きなこの学校の卒業生になりたかった。だから、学校に行けないことはすごく悔しかったです。

そして、勇気を振り絞って学校に行く決断をし、バスには乗れなかったけれど、父に車で学校に送ってもらいました。

学校に行ってみて

正直、行かなきゃ良かったと思いました。授業を受けていても抜け出したくなったりしたからです。でも不思議なことに、学校に行けなかった理由である嫌いな人と話せるようになったんです。気づいたら私、その子と話して笑ってたんです。自分でも意味が分かりませんでした。絶対に許さない、見返してやろうと思っていた人と話して笑ってるだと…??

その時この言葉を思い出したんです。
「優しさと強さ」

この言葉は学校の今年の教育目標です。
中学時代の教育目標は、「絆」とか「あいさつ」とかふーーん口だけやんとか思いながら生きていましたが、今の学校の教育目標は実は結構好きです。笑

校長先生が以前言っていました。
「優しさと強さは違う言葉に聞こえるかも知れないけれど、優しさと強さは同じなんだ」と。

初めて聞いたときは、「へーー。」って感じでした。
でも、今は分かる気がするんです。

今年の夏、とてつもないくらい泣きました。苦しみました。「自分なんて」と自信を無くしたこともありました。でも、その感情を経験したからこそ、強くなったと思うんです。強くなったから、素直に相手のいいところを「いいね」と褒めることができるようになったと思うんです。だから嫌いな人にも優しくなれたんだろうな…と。

そしてその逆もそうです。優しい人、周りに1人はいると思います。
私は昔から優しい人に対して疑問がありました。
「嫌いな人いないの?」って。
でも今は思います。その人が優しいのは、その人自身が苦しみを経験し、強い人間だからなんだろうと。

苦しさを知った分、強く、そして優しくなれる。

自分自身が苦しみを経験し、強くなった。これは自分にとってはもちろん良いことですが、なんと周りにも良い影響を与えるように。

クラスの雰囲気がガラッと変わったんです。
これまで私に話しかけて来なかった子が話してくれる様になりました。
みんなの笑顔が増えている気がするんです。

人は変えられない。

よく言われるし、その通りだとも思います。
でも、そうでもないのではないか?とも最近思います。

これは先生にありがちかも知れませんが、生徒にどんな風に話せば変わってくれるかなとか、よく考えると思うんです。(前の私はそうでした)

でも気づいたことがあります。

他人をどう変えるかの前に自分が変わる。

自分が変わるのが一番早く、効果が高い気がするんです。

自分が変わるとオーラが変わるんでしょうね。
今では、私に話しかけてくれる子が増えました。
陰口もゼロ。嫌な態度取ってくる人もゼロ。

今は学校に行くのがすごく楽しいです。そして、周りに悲しい思いしてる人はいないかな?と周りのことまで考えて行動できるようになりました。
あのとき学校に行く選択をして良かったなと思います。

自分を変えるには?

自分を変えるとは言っても、どうしたら良いのかわからないですよね。

今の私が思う、自分を変えるため必要なことは、新しい環境に飛び込むことだと思います。

新しい世界に飛び込むと、右も左も分かりません。
自信を無くしちゃいます。

でもそれでも良いと思います。

一つの世界で、何かを極めて天狗になっても、初めてこの世界に入ってきた人の気持ちには寄り添えないと思うからです。

何かを極めながら、違う世界にも飛び込んでみる。
そうすると、不安になっている人の気持ちも理解できるし、良いリーダーになれる気がするんです。

本当に強い人は、とてつもない苦しみを乗り越えた人だと思います。

苦しみは楽な道を生きていたら絶対に経験できないです。
だから、苦しみを経験するためにも、挑戦しなければならないと思います。

そう思うから、挑戦するか不安になって迷ったとき、失敗するために踏み出そう。って思うんです。

これから私は未来にワクワク感を持ちながら、もっともっと苦しい事を経験するはずです。

逃げ出したいとも思うはずです。

でも、その度強くなって、優しくなって、素敵な人間になれる気がします。

自分が素敵になれば、相手も素敵になる


またまた思い出したことがあります。
私の恩師が半年前くらいに言っていました。

自分が素敵になればなるほど、相手も素敵になるんだよ。

多分この話になったのは、私が先生に人生相談をしたときでした。

先生に相談していたときは、周りに自分を認めてくれる同級生がいなかった。ほんとに寂しかった。クラスで盛り上がっている話を聞いていても面白いとも思えなかった。認めてくれるのは、家族と先生と先輩だけだった。とにかく仲間が欲しかった。

でも、twitterを始めて2ヶ月経った今確実に言えることは、仲間が圧倒的に増えたということです。

Twitterで繋がった子と1on1したり、Willdoor FESに参加したりして、社会を良くするためだとか、とにかく夢に向かって、頑張ってる同級生、いろんな人と出会えました。

話していくうちに「あぁ、私は1人じゃないんだな」そう思えました。

そのとき盛り上がった話は、楽しかった話よりも、きつかったこと、上手く行かなかった話だったと思います。

苦労話をして「あぁわかる〜」と共感し合ったり、
どうしたら社会をよくできるんだろう?と熱く、楽しく話す世界に自分がいることが不思議で、何より幸せでした。

もし自分が何も苦しさを知らなかったり、どうしたら社会が良くなるんだろう?、どうしたら幸せに生きれるんだろう?と真剣に考えていなかったら、絶対に楽しめなかったし、誰とも出会えてもいなかったと思うんです。

先生のあの言葉から考えると、今素敵だなと思う人と繋がれていると思うのなら、自分も少しは素敵になったのかな、強くなったのかな、と思います。


心から素敵だと思う人たちと出会えて毎日が楽しくなりました。
未来は明るいな。自分次第で環境はいくらでも変えられるんだな。
そう思えるようになりました。本当にみんないつもありがとう。出会いに感謝です。


またこれからさくらは動き始めますよ〜!!
それでは!!











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