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【短編小説】 回想 変身 変心 転身
人って、自分に自信が付くと明るくなります。
女性の場合、自信が付くと美くしくなる人が多い気がします。
自信のつけ方には色々あるようです。
お化粧、髪型、ファッション、仕事、趣味、生き方、、、、
例の彼女(事務員)から、一人の女性を退職前に紹介されました。
彼女が高校時代、勉強を良く教えて貰っていた同級生で、建築設計事務所に勤務している人だそうです。
痩せていて背が高く、黒髪ロングで赤い縁眼鏡。大人しい印象でした。
会った当日は、海までドライブし夕方自宅へ送り届け、次のデートは東京の賑やかな場所へ行きました。
俺が、流行や面白い場所に詳しくない為か、手こずってばかりでした。注文の仕方が複雑な炭焼きチキン屋さんやロールパンのサンドイッチ。
夕方、その子を自宅まで送ろうと、駅からしばらく歩いた人気の無い所で、、、、キスをしました。
手をつないで歩いていた時に、強く握り返され俺の腕を抱え込むようにされたから、それは合図だと思ったのです。
そして、次に会う時はお酒飲みたい、慣れないお店に行きたくない、俺の部屋に行きたい、とのご要望でした。
俺はその要望に応えました。
土曜日の夜、地下鉄千代田線綾瀬駅でその子を出迎えました。
コンビニでお酒やおつまみになりそうなものや軽食類を買い、俺のアパートまで手を繋いで歩きます。
部屋の中、ベッドに背中を預けながら並んでお酒を飲みました。
話題は、その子の仕事の内容が主でした。
設計士の資格はあるけど、今はお茶くみや掃除、他の人の見積もり計算が殆どで、いつかは一戸建ての設計がしてみたい。と笑っていました。
少し酔ってきた頃、その子の頭が俺の肩にもたれ掛かります。手を回し肩を抱きます。その子の顔がこちらを向きます。キスをします。そのキスがだんだんと激しくなります。空いてる手がその子の胸へと移ります。
【あ、見た目より乳でかい。】嬉しくなりました。
「ベッド、行こうか」部屋の灯りを小さくしました。
薄暗い中でその子は服を脱ぎ始めます。俺も脱ぎます。下着でベッドに入ります。
キスから胸へ、そして下の方へと手が移り、後を追う様に俺の顔が移っていきます。
いたしました。夜遅くまで、何度も、いたしました。
見た目では想像できないくらい、積極的な子でした。
それからというもの土曜日の夜は、毎週俺の部屋に泊まる様になりました。
土曜日以外、毎晩のように電話がかかってきます。9時ごろから鳴り始める電話のベル。俺が出るまで、何度も鳴り響いていた様です。
その子とのセックスは、非常に楽しいものでした。
聞きかじりの情報を試す事や、一般家庭に普及し始めたビデオデッキと色んなルートで回ってくるビデオテープの教科書。
週末だけではなく毎日一緒に居たいと思う反面、話題が続かない電話が辛くなってきます。
でも、週末には会える、あれもこれもしてみたい、あんな事をやってほしい気持ちが湧き上がります。なので電話には必ず出て、会話自体は短めとなっていきました。
日曜日は、昼間からいたす時もあれば都心へと出掛ける時もありました。
新宿にあるデパートを見て回っていた時、有名化粧品メーカーが並ぶところで店員さんに呼び止められました。
新色の化粧品シリーズがあるから、お試しいかがですか?とおっしゃるので、その子を見ると、「どうしよう?」と小声と上目遣いで俺を見ています。
「やって貰ったら。」と薦めました。
店員さんは、その子の長い髪を纏め前髪も止めて、今している化粧落としから始めたようでした。(多分、、、よく知りませんが)
手早くメイクしていく店員さんに感心しながらその子を見てみると、不安げな表情が見る見るうちに明るくなっていきます。
仕上がったその子の顔を見るなり、「き、綺麗じゃん。」と、声が漏れていました。その子が恥ずかしがっています。
「お客様のお顔ですと、ショートカットの方がお似合いかと、、、眼鏡よりコンタクトの方がお美しくなられますね。」と、店員さんが持ち上げてくれます。
早速その子は、地元の眼鏡屋さんでコンタクトを注文したらしく、次の週末いつものように会うと、、、、、別人の様でした。
美容院も予約し、ショートカットにしていました。しかも栗色に光っていました。メイクはあの時と同じでした。
俺の理想であるスレンダー、ショートカットで貧乳じゃない『美人』が、目の前に居ました。
毎日かかってくる電話も苦になりません。
こんな美人なら、渋谷でも六本木でも連れて歩ける。そう思いました。
じゃあ今までは連れて歩けなかったのかと言われたら、そうだったのかもしれないと思いました。
クリスマスイブの夜、食事の時にプレゼントを渡しました。ダイヤのペンダントです。ボーナスの半分を注ぎ込みました。
この先、ず~っと一緒に居られたら良いね。と話し合い、朝まで頑張りました。
年が明けた頃、お袋から帰って来いと電話がありました。親父に何か有ったのかと思い、急ぎ帰郷しました。
正月休みは、お得意さん周りで元旦から出勤していたので、帰っていませんでした。
帰ってみると親父の様子がおかしいとの事。
「ろれつが回らなくなってきている。手足が震えている、歩き出すと止まらなくなり、止まろうとすると前につんのめって顔から倒れこむ」
何かの病気だとは思うのですが、脳梗塞では無いそうです。
「帰ってくれないか。私ひとりじゃ父ちゃん倒れた時に、慌てて何もできないし、気づかなかったら死なせてしまう。」とお袋が泣いて縋ってきます。
「考える。」と言い残し東京へ帰ってきました。
故郷へ帰るとなると、、、
その子とは別れる。その子を連れて帰る。二つに一つです。選択しないといけません。
ちょうどその頃、その子の仕事に変化が出てきていたようです。
先輩や上司から仕事を回して貰う事が増え、何かと食事やお酒に誘われるようになったとか、、、
『今週末は行けない、、、ごめんね。』そんな会話が増えていきます。
毎夜の電話は鳴り響きます。(甲斐バンドの曲に”テレフォンノイローゼ”と言う曲があり、そんな状態でした)
俺自身に、芽生えて来ていた《帰省≒別れ》。電話のベルに対し、嫌悪や怒りが増していくのが分かります。布団を丸めて電話機を隠し、銭湯へ行く日が続きます。
「ゴメン。仕事が忙しくって、、、、」見え透いた嘘を重ねます。
「先輩からねえ、、、、付き合ってほしいって言われた。……ねえ、どうしたら良い?」
【好きにすればいいじゃん、、、、もしかするとチャンスか、、、、】心に生まれ落ちた悪魔が囁きます。
直接会って話したら良いものの、自分の感情を言葉にする事が苦手な俺は、手紙を書きました。
下書きが残っていないので、何を書いたか忘れました。
多分、、、○○は自分の夢を追いかけてよ。俺は資格も無いし学歴も無いし、いずれは親元に帰るから、(暗に連れて帰れない意)、、、みたいな事だったと思います。
電話が鳴らなくなりました。その子は来なくなりました。こっちから数回、電話を掛けましたが家族が出て、”今、いない。帰っていない”と、繋がりません。
【プロポーズされた先輩と付き合い始めたのか、、、会いに行くようになったのかな。】と、自分勝手な解釈をし始めます。
【資格を持っているし、それを生かせる道が拓けてきているんだろうな、、、良いよな、それに引き換え俺は、、、、】妬み、僻み、やっかみ、自己嫌悪、、、自ら蒔いた種で苦しんでいます。
自然消滅、いえ手紙による一方的な別れだったのかもしれません。
俺は、故郷へ帰りました。
地元の会社へ就職し、休日ごとの農業。その頃はバブル景気で会社は大忙し。早朝の草刈りとトラクターでの農作業、そして出勤のローテーション。
そんな中、親父が他界し見合い話が舞い込み始めた頃に、その子から電話が来ました。
「○○さん、久しぶり、、、、元気でした?」
「ああ、、、○○も元気か?、、、、仕事の方はどう?」
「うん、、、戸建ての設計、何軒かやらせて貰えた。」
「そうか、、、良かったな。頑張ったな。」
「うん。…………」
「………..」
「あのね、、、、、来月結婚するの。20日が披露宴、、、、、、、、、、○○市の海辺のホテルで、、、、、、、」
「……そう、、、おめでとう。」
【なぜ、、、今、、、、俺に言う?】
やっぱり、考えている事が分かりません。
受話器の向こうから、啜る音も聞こえます。泣いているのでしょうか。
「……披露宴始まるの、、、、11時、、、、、、、」
「出席してほしいのか?」反射的にその言葉が出ました。強い口調だったかもしれません。
「違う、、、、、違うの、、、、、、、良いの、、、、、、じゃあ、元気で。」
「○○もな、、、、元気で、、、、幸せにな。」
「…………。」
電話は切れました。
やっぱりわかりません。その子の考えている事、して欲しかった事。
その夜は録り溜めていたカセットテープを聞きながら、酒を飲みました。
悔しさなのか、寂しさなのか、自分の不甲斐なさなのか、そんなものを飲み込む、惜杯です。
大塚博堂の『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』が、沁みました。
その子を無理にでも連れて帰っていたら、どうなっていたのか考えた事もありました。
きっと上手く行かなかったと思うのです。
建築士の資格を持ち、大きな仕事を任され、周りから感謝の言葉が貰えるその子に対し、、、、、
普通自動車免許しか持っていなく、大手企業の地方関連会社で現地採用で兼業農家の俺が、、、、
羨ましさを持たず、僻むこともせず、その子を妬ましく思わず、『凄いね、流石だね。』と、笑顔で褒め称える事が一生出来たのかと思うと、、、、
俺は出来なかったと思うのです。出来る根拠が見つかりません。出来ない自信があります。
俺は、、、、コンプレックスの塊に成り果てていたようです。
変身して自信がついて、さらに評価も上がり、将来の展望も開けたその子を、俺は嫉妬し始めていたのかと。
お袋からの「帰ってきて。」を都合良く利用し、ステージからドロップしました。
その子の幸せを祈る。そういう気持ちも、、、、実際には起きませんでした。
「本当に好きだったのなら相手の幸せを喜び、祈るのは当たり前」というセリフのあるドラマも見た気がします。
【噓臭ぇ、、、、】そう思う自分がいました。
人って、自分に自信が無いと、卑屈になるものですね。
(これはあくまでも、短編小説です。)
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