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広島協奏曲 VOL.1 竜宮城からのお持ち帰り (6)

(6) 田舎へ帰ります。

年末年始、健太は実家に帰省していた。
いつもの正月。おせち料理はデパートで有名おせちセットとお餅を予約購入。年越し蕎麦やお刺身、お寿司、その他食べるものはスーパーで購入。
親父が死んで、俺が東京に出てから、お袋は料理をする気が無くなったと笑ってる。「元々得意じゃな~けぇ~えかった、えかった」と笑ってる。
「普段、どうしょうるんの?」って聞くと「ご飯は炊くんじゃが、おかずはスーパーで全部こうて帰るし、何もなけにゃカップめん!」とのたまう。

年末から年始開け迄、おこぜさんは忙しい。お客さんは多い。観光でやってくる人も多いし、帰省しない人も多い。
そうこうしてると成人式がある。若い人がやってくる。
経験の無い二十歳もそこそこ居る。そういう方たちは大概の場合、イクまでが早いので時間を持て余してやり難いと言う。

ようやく落ち着く20日ごろ、健太は竜宮城へ行った。
いつものスケベ椅子、バスタブ、マット、ベッドと堪能。服を着るときに、、
「いや~、いつも凄いっすね!、、、おこぜさんは、凄いっす。」
「……そりゃ~、、、えっともろうとりますけぇね~(沢山頂いていますから)、、、グフフフフフ」
「……あんだけの事ができりゃ~、えっともろうてあたりまえですけぇ~の~(あれだけの事が出来れば、沢山貰っても当たり前だと思います)、、、ガハハハハハ」
広島弁のちょっとした会話、二人して大笑いした。楽しかった。もっと会えればと思った。
「おこぜさん、多分来月で最後だと思います。俺。」笑い終えた後、話を切り出した。
「えっ、、、最後って?」おこぜさん、驚いた様子。
「会社が栃木に移転するんすけど、俺、それを機会に会社辞めて、広島帰ります。2月末で退職、3月半ばで帰ろうと思ってて。」
「……そうなんですか、、、寂しくなりますね。」【…何?このザワザワ感、、、情が湧いてる?何で?、、、この人の何が?、、、】
「俺も寂しいっす。凄く寂しいっす、、、でもおこぜさんに会えて本当に良い思い出になりました。有難うございます。」
「どういたしまして、、、そう言って頂けると私も凄く嬉しいです。」

おこぜさんはいつもの様に、お店の玄関まで来てくれた。また正座し三つ指をついて見送ってくれた。
「有難うございました。お気をつけてお帰り下さいませ。またのお越しをお待ちしております。」と深々と頭を下げてくれた。
俺は歩いて、上野方面を目指した。
【またのお越しが最後か、、、次も同じ事、言うのかな?】

【そう言えば、、、この仕事って、誰かを好きになったら続けられないってお姉さん(乙姫様)が言ってたなぁ~。
 あの人が好きになった?、、、気になるけど、惚れた訳じゃ無い、、、同じ広島だから?、、、違う。名前を聞いたから?、、、違う。
 転勤になるとか、仕事辞めて田舎に帰るとか、そんな人、沢山いたじゃない、、、
 お客さんの一人だよ。一見さんじゃないし、続けて来て下さったお得意さんだよ。……情を移してどうすんの?
 あんたはプロだよ!これで飯食ってんだよ!……さあっ、仕事、仕事。】
健太を見送ったおこぜさん、自らを納得させるように思った。誤魔化したのか、、、言い聞かせたのか。


 2月20日頃、健太は竜宮城へ行った。
いつもの様に、フルコースを堪能した後、
「これ、バレンタインデーのプレゼント。受け取ってください。」おこぜさんが高級そうな金文字の書かれた黒い紙袋を差し出した。
「え、何すか?、、、俺に?、、、へっ、嬉しいな~。開けて良いすか?」にやけた顔で健太、袋を受け取る。
袋の中のリボンのついた箱を開けてみる。ヨーロッパの超有名ブランドの化粧箱の中身は、濃い茶色の二つ折り財布。
「うわっ!、、、欲しかったんすよっ!財布!、、、今の20年近く使ってて、よれよれのボロボロで、、、」健太、大喜び。
「いつも見て気になってました。気に入って頂けると嬉しいです。」おこぜさん、はにかんでる。
「ありがとう、、、お返ししなくちゃ、、、来月は15日過ぎにはアパート引き払うので、その前にもう一度来ます。」健太、申し訳なさそうにポツリ。
【え、、、15日には帰っちゃうの、どうしよう、、、】おこぜさん、具体的な日にちを聞き、ちょっと動揺する。
「……送別会、して差し上げましょうか?」おこぜさんからの提案。
「送別会?、、、飯とかお酒とかっすか?、、、そう言うの良くされるんすか?」
健太、こういう仕事の人が個人の送別会をするなんて、不思議に思えたので聞いてみた。
「いえ、、、私は今までした事ないです。でもお姉さんは毎年、4,5人されてますよ。
 転勤とか、仕事辞めて田舎へ帰るとかでもう来れないって方へ、、、
 出張とか、東京に遊びに来る事があれば、良かったらお店に来てくださいって言うんですって。
 その為にも、頑張ってお金を貯めてくださいって。
 お姉さんは、次に繋がる営業っておっしゃってますけど、本当は良い思い出にして貰いたくって、、、お姉さんなりのお返しみたいです。
 一緒に食事した後は、プライベートで過ごされるそうです、、、朝まで。」健太を見つめ、微笑むおこぜさん。
「そうすか、、、良い思い出っすか。……おこぜさん、お願いします。お店だけでも良い思い出っすけど、特別な思い出、欲しいっす。」
”プライベートで過ごされるそうです、、、朝まで”の言葉で、ニヤついた健太。正直に頼んでみた。
「あ~、良かった~。要らないって言われたら傷つくとこでした。ウフフフ、健太さんてやっぱり、良い人ですね。」おこぜさん、少し嬉しくなった。
「いや~、おこぜさんの方が良い人っす。プレゼントもくれたし、その上、送別会まで、、、ホワイトデーのお返し、支度しときます!」
「お返し、期待してます。……送別会の日にちはラインしましょうか?、、、」
「あ~、、、決めて良いっすか?、、、3月10日でどうっすか?」
健太、引き払う日を3月15日と決めていた。その前の3月13日の日曜日は梓さんとの最後の日と約束していた。
「ちょっと待ってくださいね、、、シフトと見比べてみますので、、、あ、休みです。丁度いいです。その日にしましょう。」
おこぜさんはお店の携帯で何やら確認した後、明るい顔になり、約束の日をその日にしてくれた。
「……じゃ、3月はその送別会で、、、お店は来ないっすけど、良いっすか?」
「はい。そうしましょう。」

おこぜさん、プロとしてはお店に来て欲しいが、今回は素《す》の自分が送別会をしたいと思っている。
素の自分、、、三上幸恵は、最後に坂口健太さんと会ってみたいと言う思いが、募っていた。
プロとしてのおこぜさん。素の幸恵。健太さんはどっちの私が良いのだろう。
多分、プロとしてのおこぜさんだと思う。至れり尽くせりのおこぜさん、男なら当たり前の事。
でも、幸恵としての自分も見て欲しい。そんな思いがあれから心に宿ったままだった。ずっと否定できなかった。
【プロ、失格よねぇ~。まっ、今回だけだし、、、すぐ、リセットするし、、、】

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