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生きるの下手くそ (1)
地元の為、お客さんの為、お年寄りの為にと頑張って来た。
恋愛もせず、結婚へのあこがれも無く、家業をひたすら頑張って来た。
時代の流れには抗えなかったし、上手に乗る事も出来なかった。
「生きるの,下手くそだな俺達。」
泣きながら笑う、女と男の話。
地方の山間部、小さなスーパーマーケットを営む小柳家。
小柳 奏(かなで)はそこの一人娘。
「そろそろ片付けようか。」父がガランとして照明も薄暗い店内を見渡し、呟くように言った。
本来なら明るく清潔に見えるようにと全灯点けておくべきものだが、少しでも電気代節約として、天井のLEDが間引いてある。
そのLED照明も数年前に父が1か月かけて蛍光灯からLEDに取り換えた。
本来は免許を持つ業者に電気工事はして貰わなくてなならない所、
「200本の蛍光灯をLEDにするのに50万はきついな。自分ですれば20万もかからん。俺がする。」と言って、脚立に乗りながら交換した。
蛍光灯の器具に直接差し込めるLEDではあったが、器具内の安定器への配線を取り除かなければ、点灯時余分な電気が流れている。その配線を外す作業を同時進行とした。
それも一昨年あたりからの感染症による外出禁止で売り上げが一気に落ち込んだ為、LEDも半分に減らした。
照明が暗くなれば雰囲気も暗くなり、新鮮なものも劣化したように見えてしまう。
肉、魚、総菜などはパック詰めされたものを仕入れ、ショーケースへそのまま配置するが、暗いと新鮮味のない色に見えてしまう。
日中は屋外の太陽光がそれを補いまともに見え、常連客である高齢者は視力も衰えているし、全く売れない訳ではなかった。
ただ、陽も落ちて辺りが暗くなった頃来店してくれる仕事帰りの近隣住民には美味しそうに見えないらしい。
半額シールを夕方から貼りまくるが、売れない時には売れない。廃却する事が増えてきた。
「すいません、まだ良いですか?」ある日、仕事帰りだろう婦人が入口から入ってきた。
薄暗く見える店内に、もう閉まってるのかも、、と思わせているに違いない。と奏は思っている。
「はい、どうぞ。まだ10分ありますから。」時計は7時50分を示していた。
夫人は日用品のコーナーへと向かい、「やっぱ、高いわよね。」そう呟きながら、思う所の洗剤へ手を伸ばした。
都市部のショッピングモールやホームセンターなどでは同じものが200円以上安く売られている。倍以上の容量のお得品が同程度の値段になる時もある。
それでもお客さんはお客さんである。レジを打ちお金を頂戴し見送った。
【この店もそう長く持たないかもね。でも、車の無い一人暮らしのお年寄りの為にも、続けなくっちゃ。】
社長である父親への報酬はここ2年、全く支払われていない。
従業員である奏も、パートタイマーとして最低賃金で1日6時間労働のまま給与計算をしている。実際には朝8時から夜8時までの12時間は店舗にはいるのだが。
パートタイマーが3名いて、その人達に店内を任せたらバックヤードへ戻り、品出しをする時にはタイムカードを一旦、退勤としている。夕方から出勤し夜の8時にまた退勤としている。
法律違反なのは分かっている。でもそうしないとパートさんの給料が捻出できないこともある。
経理事務員も兼ねる奏は社長と相談しながら、自分が勝手にしている事にしている。
一人暮しの老人宅へ配達する時も中抜け時に行う。
日用品や思いつく食材を適当に軽トラックに載せ、会員となっているお宅へと向かう。
毎週同じ曜日、同じ時間で訪問すると待っていてくれる。
今日も配達へ向かおうとする奏、燃料給油の為近くのガソリンスタンドへ立ち寄る。
「いらっしゃいませっ。!」元気のいい若い男性の声が響き渡るスタンド。オイル交換やタイヤ交換を行う整備場から駆け出してくる男性。
「よう、奏。今から配達か?」このスタンドのオーナーで奏の同級生の尾藤 颯(はやて)。
颯の父親は数年前他界し、母親は施設へ入所中。このスタンドを一人で切り盛りしている。
このスタンドもご多分に漏れず、来店する客数は少なくなってきている。
勤め先の有る都市部へ通う人は、その都市部で数円でも安い燃料を入れる。給油してくれるのはやはり地元の高齢者中心。
運転しない方がよさそうな、足がおぼつかない人も軽トラックを自身で運転してくる。
「暮らしていく為、食べていく為買い物をしないといけない。だから運転は止められない。出来なくなったら、施設へ入所しないといけないが、、、それも申込して数年待ちだ。歩けなくなっても運転しないと、御飯が食べられないよ。」
満面の笑みの中に、暗く澱む諦めにも似た怒りの目。誰に向かっている不満なのだろうか。行政か、家を出ていった子供たちか、近所の人達か。
そういう高齢者所有の車のオイル、タイヤ、ワイパー、ライトなどの交換作業を行っている。また冬場は、重い灯油缶を持たなくてもいい様にと配達をしている。
それでも自分の給料まで出ない月も出始めた。
「どう?忙しい?」奏は、給油している颯に問いかけた。
「忙しい訳ねえだろ。たまにしか客来ねえし、、、また冬になれば、灯油の配達で少しはましになるかな?」
「お互いに厳しい世の中になったわよねえ。」
「ああ、でもまあそれも今年限りだ。来年の春からはもう無理しなくても良くなるし。」
「やっぱり辞めちゃうの?ここ。」
「しょうがねえよ、金無いんだし。借りても返せねえし。」
消防法の改正で、地下タンクの基準が厳しくなり、今まで使用していたタンクでは営業の許可が下りない。
新しいタンクと交換すれば良いが、数百万の費用がかかる。
「春からは20キロ離れた所まで給油する為に走るんだよね。ガソリン使って、、、、」
「そういう事ですな。ところでお前、今夜ラーメン食いに行かねえか?」
「え、どこのラーメン?」
「一心の塩。」
「行く。じゃあ、今夜8時半にここに来るね。」
「よっしゃ、待ってる。」
颯とはこうやってひと月一度程度出かける。
休日がお互いに違うし、奏自身は休日もタイムカードを押さず勤務するため出かけるのは夜が主になる。
8時半頃待ち合わせ、ラーメン屋や焼き鳥居酒屋、もつ鍋屋、焼肉屋などへ行く。
その後は、颯のワンボックスカーの中でイタす。
2年前に奏から颯に「お願い。セフレになって。」と頼んでこうなった。
お互いに付き合おうにも時間は取れない。その先の結婚もそれぞれの事情で考えられない。
お互いに高校の時から好きだったにも拘らず、そのまま30歳手前となった。
【今更、好きとか付き合いたいとも言えないし、でも颯が結婚でもしちゃったら、、、、今しかないか。そう、ドライにね、、、、】
奏、渾身の演技でセフレを演じている。
出来る事なら、颯と生涯連れ添いたいとも考える時もある。
でも私にはお店がある。颯にもスタンドがある。その時はそうだったんだ。お互いに守りたいものが有った。だから、付き合いもせず身体の関係だけとしたんだ。納得ずくで。
事情が変わってきている。颯がスタンドを廃業すると言う。もしかすると恋人への昇格のチャンスかもしれない。とも奏は考えた。
「スタンド辞めたらトラックに乗る。結婚はしたいとは思っていない。奏だって誰か婿を取るか結婚してスーパーを続けられる方法にしないと駄目なんだろ。」颯は、奏にそう宣言した。
【拗らせて関係終了になったら元も子もないし、、、なら演技もう少し続けないと。】
奏、そう思うしかなかった。
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