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泥中に咲く一輪の白い花(19)

  仕事ください

夜になり、かなり遅くなった頃、ドアの鍵が開けられ男が戻ってきた。桜子、慌ててテレビを消しソファーから立つ。入ってきた男に向かい、
「お、お帰りなさい、、、今日、女の人が訪ねてこられました、、、出掛けたと言ったら帰られました。」と桜子は告げた。
「女?、、、そうか」と言いながら、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、ソファーに座りプルタブを空け一口飲む。おもむろに煙草を取り出し、火を点ける。
「あの~、、竜崎さん、、、私、居て良いんでしょうか?、、、あの、いつまで、、、」
「あ~?、、好きなだけ居ればいいさ、、、どうせ帰りたくねえんだろ、自分ち、、、、」
「何かさせてください。掃除とか、、、洗濯とか、、、料理は出来ないんで、、、」
「……適当に好きな事しろや、、、洗濯機はこの上、屋上にある。物干しも屋上だ。……俺は風呂に入る。お前も後で入れ、、、そうだ、お前名前は、、、」
「桜子です。湯村桜子。」
「桜子か、、、」ソファーから立ち上がった男は「浴室」のドアを開け、お湯をため始めた。そして自分の部屋へと向かう。
桜子も浴室を覗いてみた。綺麗とは言えない脱衣場と洗面台。カビだらけの浴室と浴槽。【明日、掃除しよう、、、今日は我慢、我慢、、、】
脱衣場には大きな籠があり、バスタオルや男の下着、靴下などが山盛りになっていた。【何回かに分けないと無理かな?】
簡単な台所を見た。そう言えば気にしていなかったが、汚れているし使ったコップやスプーン、箸などが水の入った洗い桶の中にある。【ここもか、、、】
桜子、少し元気が出た。泊めて貰っているお礼に、何かしたいと思えて来た。忘れかけていた笑みが顔から零れていた。

桜子、翌日の朝から働いた。屋上へ上がり、洗濯。その間に台所の片づけ。シンクの引き出しを見るとゴミ捨て用の袋とポリ袋。部屋の中、お風呂場、自分の寝ている部屋とかを周り、ゴミの回収。
屋上へ上がり、洗濯の終わった物を物干しざおへ干す。洗濯紐も這わせてありそれにも干す。2回目の洗濯開始。引き出しにあったスポンジや雑巾で台所の清掃。
また屋上へと上がり、洗濯ものと格闘。3回目開始。今度はお風呂場とお手洗いを掃除する。一応、洗剤はあった。
【竜崎さんも時々するのかな、、、掃除するものそろってるし、、、あ、女の人か。】
バタバタしていると、竜崎が起きて来た。
「朝からうるせえな、、、何やってんだ。」ソファーに座りながら、やや不機嫌そうな声で言って来た。
「あ、、、ごめんなさい、、すみません。大きな音、させちゃって、、、掃除、静かにやります。」桜子、頭を少し下げて言った。
「あ~、、、掃除か、、、、、すまねえな。」
「あ、いえ、、、なんかしないと、、、」桜子、ちょっと笑顔を作って見せた。
「ふっ、、適当で良いぞ。」竜崎、左の口角を少し上げただけの顔で笑った。
「はい、そうします。適当にしか出来ないので、、、」桜子もまた、笑って見せた。
「お前、金あるか?、、、食べるもん要るだろ。俺のカップ麺や酒でも後で買ってきてくれ。」竜崎は立ちあがると自室へ戻って行き、直ぐに出てくると手には財布を持っていた。
その財布はかなり分厚く、一体幾ら入っていいるのか分からないくらいだった。竜崎はその財布から数枚、お札を出すとテーブルへと置いた。
「あとな、俺の部屋にスーツやらシャツやらあるから、クリーニング屋へ持ってってくれ。」
「クリーニング屋さん?どこにあるんですか?」
「出て左へ真っすぐ行けば分かる。その先にスーパーもある。コンビニもある。」
「分かりました。」
「もう少ししたら俺はまた出掛ける。しばらく帰ってこない。適当にやっとけ。」
「暫くって、、、どれくらい、、、」桜子、楽しい気分になった途端のその知らせに少し寂しくなり戸惑った。
「一週間くらいだ。多分。」
「分かりました。」桜子、そう言うしかなかった。
竜崎が出掛けた後、頼まれたクリーニングに出すものを取りに行こうと部屋に入る。うっすらと何か変なにおいがする。焼いてはいけない物が焼けた様な、プラゴミを焼いた様な匂い。
桜子、何の匂いか分からない。そんなに鼻につく匂いでは無い為、気にならなくなった。

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