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雪の降る日、拾った子猫 (1)


 おとなしい少女を拾って帰った。
 この子を守り抜く。
 拾った俺の責任を持って。

 少女、死にかける

 その日は、朝からの雨が夕方から雪へと変わった。
 クリスマスまであとひと月ある。
 佐伯 信 32歳は、会社から自宅へと帰る途中、駅から少し離れた公園でその子を見た。
 公園の敷地はすっかりと白くなっているが、その子の座るベンチには辛うじて屋根があり、その子に雪は降り掛かっていない。
 とは言っても、気温は5度を下回り、深々と冷えてきている。
 【早く帰らないと、風邪ひくぞ、、、、あの娘。】
 その子は、ジーパンにスニーカー。チェックのネルシャツに黒いブルゾンを羽織っている。
 暫くそこに座っていたのだろうか。小刻みに身体が震えているように見える。
 俯くその子が気になってしょうがない。声をかけようか迷う信。
 「君、、、早く帰らないと風邪ひくよ。雪、積もりそうだし、、、」
 公園の横を歩く信は、その歩道からベンチの子へ声をかけた。
 信の声に反応したその子は顔を上げ、目が合う。
 【あ、、、殴られた跡?】
 ベンチの傍にある公園の照明に照らされた顔が見えた時、その子の右目の周りが青黒くくすんでるように見えた。
 「……クマさん?」と少女は呟いた。
 確かにその時俺の恰好は、こげ茶色のコーデュロイパンツにほぼ同じ色のダウンジャケット。うん、クマに見えなくはない。
 「ああ、ここいら辺はクマも出るから危ないよ。」
 冗談を言ったつもりが、少女はまさかのノーリアクション。
 もしかして警戒してはいないのかもと思い、少し先にある入り口から公園へと入る。
 その子の所へ歩み寄る。その子がビクッっと身体を震わせる。
 あと2,3メートルと近づいた時、その子は立ち上がった。右手には小さなキャリーケース?、、、いや、キャリーケース型のお菓子入れ、、、クリスマスシーズンに良く売られているアレ。
 「あっ、大丈夫、、、近付かないから、、、、」信、歩くのを止める。
 【あ?、家出?、、、この子幾つだ?、、、高校生か?いや成人してる様には見えるか、、、、】
 「あ、あの~、、、帰る所無いの?」
 じっと俺の目を見ているその子は、問いかけに小さく頷いた。
 【家出か、、、警察連絡しようか、、、、成人しててもその方が良いか、、、、】
 「き、君は幾つ?、、、」
 目をそらさずじっと俺の顔を見ている。
 「……18.」
 「名前は?」
 「ほのか。」
 「行く所、無いの?」
 コクンッとその子が頷いた。
 「良かったら、うち来る?」
 今度は首が、ブルブルと横に振られた。
 「あ、そうか。ゴメン、誰か迎えに来るの待ってたんだ。早とちり、ゴメン、悪かった。じゃあ、、、」
 そう言えば誰か待ってるのか聞いていなかった信、顔を下に向け振り返り歩き出す。
 「いえっ、誰も来ません。待ってません、、、何処にも行く所ありませんっ。」
 その子、初めて喋った会話らしい言葉。
 信、振り返り暫くその子を見つめる。
 「家出?、、、帰りたくないの?」
 その子、頷く。今度は下を向いたまま。
 「うち、来る?、、、、親父とお袋、それと妹がいるから、、、安心して。」
 その子が顔を上げた。目に涙を溜めていた。信を見つめたまま、口を結んでいる。
 「ちょ、ちょっと待ってて。」信、携帯を取り出し自宅へと発信。
 「あ、お母さん、、、友達、連れてって良い?、、、、うん、、、、分かんない。……うん、泊りだと思う、、、うん、あと10分くらい。じゃあ。」
 信、その子へ向かい、「行こっ、母さん、どうぞって。」顔は微笑んでいるつもりだった。
 その子は暫く信を見た後、頷いた。そして小さなキャリーケースを引き摺りながら信の方へと歩きだした。
 1メートル位に近づいた時、信は踵を返し前を歩きだす。
 公園を出て、歩道を自宅方向へと歩き出し、時折後ろを振り返りその子が付いて来ているか確認する。
 【そう言えば18って言ってたっけ、大学生かな?社会人かな、仕事何してるんだろう、、、行く所無いって、彼氏は?、、、いても不思議じゃないくらいかわいいと思うけど、、、
  地雷系って言うのかな、いつ泣くか怒るか分かんないみたいな、、、ちょっと違うか。メンヘラか?、、、ハッキリ拒否するって事もなかったよな、、、】
 何度目かに振り返った時、その子の肩や顔が小刻みに震えているのが分かった。
 「あっ、寒い?、、、これ着なさい。」
 信は自分が着ていたダウンジャケットを脱ぎ、その子の背中からまわした。
 その子は驚いた様に信の顔を見つめている。
 信のダウンジャケットの下はと言えば、会社支給のブルゾン、トレーナー、ネルシャツ、その下には肌着とそのままでも出歩けるほどの服を着ている。
 「俺は寒くないから、ほら。脂肪の肌襦袢も着てるし、、、、アハハ」
 笑うかと思ったその子の表情は驚いた顔のまま。少し拍子抜けの感があるが、信はまた前を向き歩き出す。
 「ありがとう、、、」その子が小さく呟いた。
 「ど、どうも、、、気にしなくていいから。」
 少し振り返り、そう返すが内心【やった。】と小さなガッツポーズ。なぜかは分からない。

 そうこうしていたら自宅に着いた。玄関を開ける。
 「ただいま、、、連れて来たよ。さ、入って。」と声を掛けるもその子は玄関の外に立ったまま。
 「お帰り~、、、上がって貰って~」奥から母の声がする。
 「お帰りなさい。」妹が、奥から出てきた。興味深々な【連れて帰った人って誰だろう?】とでも思っているのか、目線は信を通り越している。
 「入っておいで。」信は外に居るその子に声を掛ける。玄関ドアの横から顔が少し除いた。
 「えっ、、、え~、、、、女の子?、、、、誰?、、、お兄ちゃん、初めてじゃん、、、女の子。会社の人?」
 「ん?、、、ううん、そこの公園で見かけて、寒そうにしてたから、、、、拾って帰った、、、、」
 「公園で、、、、拾って、、、、そう、、、、そうなの、、、、、そんな所に居ないで上がって。ドア開いたままだと寒いし、、、さ、早く。」
 妹の智(とも)に促され、その子は俯きながら玄関ホールへと入る。ペコリと頭を下げた。
 智が客用スリッパを上り口へ置く。その子がそのスリッパを見つめる。そして信の顔を見上げた。
 「靴脱いで、そのスリッパを履いて上がって。」信は微笑みながらそう告げた。
 その子は軽く頷き、靴を脱ぎスリッパへ足を通した。
 「こっちだよ。おいで。」智に促され、その子は奥のリビングダイニングへと向かった。
 「いらっしゃ、、、、、え?、、、、女の子?、、、、信のお友達って、、、、、あらまあ、大変。」と母の礼。
 【何が大変だよ、、、ってか俺が女の子を家へ呼ぶのって初めてだしな、、、、そりゃ驚くわな。】
 「ここ座ってて、、、もうすぐ御飯、出来るから。そうそう、あなた、味噌鍋平気?」
 妙に明るい母の声が家に響いた。

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