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さよならのあとさきに 処暑 (1)


 「離婚してくれ。」
 母の49日の法要が終わり、参列者だった親類筋が皆帰った後に、夫の良太から切り出された言葉。
 「何で、、、、これから、これからゆっくり二人でって、思ってたのに、、、」
 「お母さんが居なくなったから、俺の役目は終わった。後はお前一人でできるだろう。」
 「えっ、、、どう言う事?、、、母さんが居なくなったからって、、、、、訳分かんない。」
 「分からなくていい。俺がそうしたいだけだから。」

 夫は翌日、スーツケースとボストンバッグ、段ボール箱2箱を車に積んで出て行った。
 これからどこに住むかは食卓のテーブルに書いたメモがある。
 連絡先は、携帯番号は変えていないし、変える心算も無いと話していた。
 ベッドの中から抜け出せない。
 全てのやる気が起きない。
 【理由が分からない、、、思い当たる所がない。
  そりゃここ数年、いや十数年レスだった、、、でも、心で繋がっていると思ってた。
  今まで通り、あなたは長距離トラックに乗り、週に二日畑仕事をして、会話の減った夕食を食べ、隣の部屋で鼾を掻いて寝るのを聞いて私は、寝るものだと思ってた。
  私の何が悪かったの?、、、何も言わなかったじゃない、怒ったりしなかったじゃない。
  何を我慢してたの?、、、尽くしたじゃない。ご機嫌も取ったわよ。言いたい事が有ったなら言えばよかったじゃない。
  何も言ってくれなかったじゃない、言われない事に気付けよって事なの?
  それともあなたの心変わり?、、、誰か良い人でも出来たの?、、、いつから、、、どこの人。

  だから、何なの?、、、教えてよ、、、どうすればよかったの?、、、、もう、遅いの?】

 藤沢沙月、49歳。今年から小学校の教頭になった。
 25歳の時、今井良太を婿養子に迎えた。当時、父の興した運送会社に勤務するトラックドライバー。
 父が亡くなり、社長をしていた母が『婿入りしても良いからって、、、こんないい話、滅多に無いから。』と言うので会ってみた。
 背が高く、切れ長の目と優しい口調、滅多に怒らないと話す青年に、「よろしく願いします。」と、頭を下げた。
 恋愛の先に結婚がある。生涯のパートナーと手を繋ぎ、ともに歳を重ねる理想は、心の隅へ封印した。
 父の会社を存続させ、多くの従業員の生活を守り、より確実な財産としてマンションやアパートを購入し賃貸で出すことを母はしていた。
 「沙月、あんたが引き継ぐのよ。」
 自分の職場は小学校。同年代の男性がいないとは言わないが、恋愛は出来なかった。
 預かる子供たちに真正面から向き合わなくてはと誓い、いい加減な事は出来ないと決めていた。
 そう思い、仕事優先で生きていたけど、4年目ともなると心の余裕も出る。友人からの刺激も受ける。
 結婚は別にしてでも恋愛はしたい、一夜だけの愛でも良い。女になりたい。
 そう考えていた矢先の結婚話。
 私は、頷いた。

 新婚夫婦の為にと、実家の隣に新居を建ててくれた。
 夫は毎週金曜日に得意先から荷物を引取り、翌週月曜日に1500キロ離れた納品先へとトラックを走らせる。
 火曜日に別な荷物を引取り、実家方面への納品を行う。
 夫は毎週、木曜日と土曜日に家に居る。
 母の運送会社で、トラックを洗ったり預かっている荷物の倉庫整理をしたり、実家の畑で野菜を作り始めたりとしている。
 趣味らしい趣味は無いから。と繰り返す日常を楽しんでいるようだった。

 私のお腹に新しい命が宿った時は、家事を進んでやってくれた。
 誕生した娘を、「居る時くらい独占させろよ。」と言いながら、育ててくれた。
 おかげで私の教員という仕事も順調にステップアップし、40代の女性教頭として今日に至る。

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