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響子と咲奈とおじさんと(29)

  5回繰り返す

「大まかな説明をするけど、参考書は5回、繰り返すから。」
「え、5回?、、、繰り返す?」
週末の金曜日。バイト終わりから晋平のマンションへ直行した咲奈。風呂上がりに晋平から説明を受けた。
「ああ、1回目は黙読、2回目は音読、3回目はキーワードへの蛍光ペン、4回目はノートへのキーワードの書き写し、5回目が参考書を見ながらノートのキーワードで簡易な文章を書く。この文書と問題や答えと合わせてみる。
 これで5回だ。全ての参考書でこれを行う。毎日やらないと直ぐに滞る。忍耐力が勝負だ。」
「……私、出来ないかもしれない、、、、」
「こら、最初からそう言う事を言うな。」
「そうだ。何かご褒美ください。目の前に人参ください。そしたら頑張れます。多分。」
「う~、、、分かった。進み具合によって何か考える。」
「やったぁ~。やってみる、私。……差し当たってぇ、、、ヤル気になったご褒美ください。」
「あぁ?、、、うん、分かった。おいで。」
「ハイ。」

それからは2週間おきに金曜日の夜、晋平のマンションへ通う様になった。
その間、言われた様にひたすら参考書とノートで学習し、並行して大学の特別講座も受けた。
晋平の元へ行かない週末は、響子が咲奈のアパートへよく来た。
晋平流勉強法に興味を持った響子が、咲奈に方法を教えて欲しいと頼んだ。
2,3か月もすると捗り、晋平が「良く出来てる」と誉めてくれる。
ご褒美はいつものベッドと、日曜日のドライブ。行った先の昼食やお土産。
三浦半島のシラス丼を食べたり、鎌倉で和菓子とお茶を頂いたり、長野へおそばを食べに行ったりした。

  …話は少し前に戻る…

3月の暖かくなったある日、バーベキューをすると言うので響子の家に行った。
響子のお兄さん二人が焼く所やテーブル、椅子などの設営、食材の準備や焼き、ビールを片手に段取り良くこなしていく姿が印象的だった。
「良いなあ~、あんなお兄さんが二人もいて。何でもしてくれるし、手際が良いし、、、」と咲奈が響子に羨ましそうに言うと、
「それはね~、お祖母ちゃんの躾なの。うちの母さん看護師で、お父さんは海外に居るし、家事一切をお祖母ちゃんするの大変でしょ。で、お兄ちゃん達には、、、
 『これからの男子は、家事が出来なければモテません。全ての女性が家事が出来ると思うのは考え違いです。一人前になりたいのなら、家の事は出来るようになりなさい。』
って、小学生の頃からやらせてたの。本当は自分が楽したいからって、後から言ってたけどね。」と、笑って教えてくれた。
「へ~、、お祖母さん、すご~い。……でもお兄さん達、楽しんでるみたいね。」
「うん、もう二人とも1人暮らししてんのにしょっちゅう帰ってきて、家の掃除とかご飯作ったりしてる。『新しいの覚えたよ』って。」
「何、何?俺たちの話?、、、」直ぐ上のお兄さんが話しかけて来た。
「うん、兄さん達の事、すっごい素敵だって。頼もしいって、咲奈が。」
「え、あ、ハイ。凄い段取りが良くて、お仕事出来そうな方だなって思ってました。」
「お、おう、、ありがとう。……咲奈さん、今度、食事でもどう?俺んちで、、、美味しいのを作るからさ。」
「こらっ!いきなり部屋へ誘うなっ!ちゃんと手順を踏んで警戒心を解けよ。……とは言っても咲奈は、無理だけどねぇ、、、もうお相手がねぇ~」
「……う~ん、、、無理じゃないかも、、、」と小声で咲奈がポツリと言う。
「お、脈あり?、、、誘い方次第?、、、マメになっても良い?、、、咲奈さん、こっちへ来て海鮮でもどう?エビの殻、剥いたげるよ。」
「ハイ。頂きます。」咲奈、まんざらでもなさそうに着いて行く。
「あれあれ、おじさんに言いつけちゃうぞ。……あ、普段は自由にして良いって言われてんだっけ、、、良いなあ、、、」と響子、独り言。
「響子。楽しんでるか?」上のお兄さんが話しかけて来た。
「うん、楽しんでる。咲奈も楽しそう。良かった、、、」
「……響子、最近明るくなったな。あの娘のおかげか?、、、高校から大学に入った頃は、斜に構えてた様だったが、、、」
「そうね、2年になってからよね、、、咲奈と仲良くなってからだと思う。……不思議な娘よね、咲奈って」
「良かったな。ちょっと心配してたんだ、、、若いうちに答えを直ぐに出してちゃ、つまんないだろうなってさ。」
「え~、答えなんか直ぐに出してなかったよ。」
「そうか、俺の思い違いか、、、深く考えたく無さそうな気がしたけどな。でも、今の響子の方が何倍も良いよ。ちょっと嬉しそうに”どうしようかなあ~”って考えてる時がさ。」
「あ~、、、それって咲奈がするのが 感染うつ っちゃったんだ。
「やっぱり。あの娘のおかげか、、、良かったな。ホントに良かったな。」
「うん、、、良かった。」
【ありがとう、、、咲奈。負けない様に私も人を好きになって見るわ、、、競争じゃないけどね。うふっ】
響子、醍醐と時々会っているが、自分にブレーキを掛けていた。手も繋いでいない。キスもまだしていない。人を好きになるのがまだ怖い。別れるのが怖い。だから近づきすぎない様にしていた。
【弱い自分も、怖がりの自分も見てくれるかな、、、良いよって言ってくれるかな、、、醍醐。……覚悟、しといてよね。】

響子の家に招かれてのバーべキューの後、シャワーを浴び、響子の部屋で二次会。
「ねえ、醍醐君とはその後どうなったの?」咲奈が低アルコールカクテルの缶を飲みながら聞いてきた。
「どうって、付きあってないわよ。時々誘われてご飯食べたり、お酒飲んだり、遊びに行ったりはしてるけど、、、」
「つき合ってとは言われてないの?」
「……言われてる、、、受けてない。」
「え~、、、何で?、、、醍醐君の事、嫌いなの?」
「……嫌いじゃないけど、悪い人じゃないけど、子供って言うか、、、マイペースって言うか、、、」
「醍醐君てデリカシー、足りないの?」
「うん、足りない。と思う。」
「う~ん、、、でもさぁ、人の事なんて良く分かんないよ。おじさんも気は使ってくれてるけど、やっぱ、ずれてる時あるし、、、」
「そうだよねぇ、、、私の方が合わせる事も必要だよねぇ、、、」
「響子は、なんか怖がってるのかな?、、、辛い事もあったし、、、」
「うん、多分そう、、、怖がってる、、、醍醐がそう言うんじゃないけど、相手が急に怒ったりとか機嫌悪くなったりとかされると、胸が苦しくなるもん。じゃ、近付かないようにしようとか、距離を縮めよるの止めようとか、すぐ思っちゃうもん。男でも女でもさ。」
「今の響子には何が必要なのかなぁ~、、、分かれば何とかしてあげたいけど、、、ゴメンね。」
「ううん、咲奈には随分と貰ってるよ。素直だし、怒ったりしないし、いじわるとか無いし、、、うふ。」
「えへっ、誉めて貰ってる?、、、響子に言われると嬉しい。」
「うん、誉めてる。一緒に居ると穏やかな気持ちになれるもん。おじさん、高杉さんの気持ち分かる気がするもん。」
「ありがと。……自分じゃ良く分かんないけど、そう言って貰えると嬉しい。」
「あ~あ、羨ましいなぁ~、、、醍醐じゃなくっておじさん狙いでもしようかな、、、」
「響子もパパ活してみる?何処のサイトが良いか知らないけど。」
「しな~い。だって、私、、、臆病者だも~ん。」
「そうだよね。響子って周りの評価っていうか印象と違って、奥手かなって思うもん。でも、それが響子らしくて、、、好きだけどね。」
「うん、奥手。耳年増。口ばっかり。経験不足、、、あ~あ、自分が嫌になっちゃう。」
「響子の良いところだよ。冷静に見てくれてるもん。みんなみたいにその場だけ会わせて笑ったり、陰でこそこそ言ったりしないし。」
「冷静に見ない方が良いかな?、、、もっと、、、、正直になってみようかな、、、」
「うん、醍醐君の前だけ、そうしてみたら、、、」
「え、咲奈の前では?冷静に見た方が良い?」
「う~ん、、、両方ください。冷静と正直、両方。」
「この~、欲張り者めぇ~」
「キャハハハ」「キャハ、ハハ」

「ねえ、今度さ~おじさんの所へ行く時、私もついて行って良い?会ってみたい、そのおじさんに、、、咲奈が危ない事したら言いつけようにも会った事無いんじゃ、言いづらいしさ。」
「え、言いつける為?、、でも、私、危ない事なんかしないも~ん。・・・良いよ、行こっ。来週の金曜日の夜か、土曜日の朝。」
「じゃ、土曜日の朝にする。平和島だっけ、着いたら電話する、、、金曜日の夜は、遠慮しとくわ。邪魔したら悪いから、、、へへ。」
「……どうも、お気づかい、痛み入ります。ウフ。」

「響子は、前にどんな人とつき合ったりしたの?」
「付き合うとかって言うのは、無かった、、、、、不倫の相手を暫くしてた。」
「……え、不倫、、、、衝撃的、、、、聞かない方が良いかな?」
「ううん、、、そうだ。咲奈、また、話聞いてくれる?、、、咲奈に聞いて貰えると、少し心が軽くなる気がするんだ。」
「うん。聞く。聞かせて頂きます。」
「ありがと。……あの夏の後にね、成績がメタメタになったのね。で、お祖母ちゃんとお母さんが心配して、いつも言ってる塾の先生に相談したの。」
「学校じゃなくて、塾?」
「うん、学校の教師はアルバイト禁止だったし、塾の講師って年間契約で、副業OKだったらしいの。でも、受持ちの授業を3回飛ばしちゃったら契約解除になるって聞いた。」
「へぇ~、風邪とか病気とか出来ないね、、、で?」
「その塾の講師に個人指導を頼みに行ってくれたの。その講師の奥さんが英語の講師でね、英検の受験対策もしてる人だったの。」
「うん、うん。」
「で、その講師の家へ週に2日、通う事にしたのね。塾は塾で、週の3日行ってて、、、」
「ふ~ん、、、その講師の人が不倫相手?」
「まあ、そういう事になるよね、、、でもね半年くらいは本当に何も無かったのよ。向こうも凄い遠慮って言うか、警戒って言うかね、そんな感じ、、、
 奥さんにもね、英検対策の個人指導を頼んでて、その家へ行ってたのね。一日が受験対策。もう一日が英検対策で。」
「その講師の二人って、若い人だったの?」
「うん、その時旦那さん、講師の人が30歳で、奥さんが33歳。将来は学習塾を開きたいって言ってた。
だから、お祖母ちゃんが頼みに行った時は、二つ返事で受けて貰えたの。
 本当はね、その奥さんにすっごい憧れていて、、、中学校の時からその先生に習ってて、
高校に入ってからの受験対策の塾は”うちの旦那のところにいらっしゃいって”って言われて、行くようにしたのね。
 だから、、、旦那さんとそういう事になっちゃった時、すっご~く、、、申し訳なかったのよね、、、裏切っちゃったみたいでね、、、」
「……うん、うん。.」
「2年生の夏に、あんな事があって、、、2学期には立ち直れるかなって時に、色々あって、、、クラスの中が殺伐として、私にも矛先が回って来てて、、、
 3学期になって、、、その講師の人の個別指導が始まって、二人とも親身になって優しくしてくれて、晩御飯ご馳走になったりしながらようやくさ、成績も上向いてきたし、、、」

響子の昔語り、、、


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