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響子と咲奈とおじさんと(23)

  恥を知れ

中学高校と、周りの子達と普通の会話はしてきたが、好きな男の子の事や、嫌いな大人に対しての誰かの意見に直ぐ共感する事はしないで来た響子。
周りから浮いた存在であったのは確かだった。
高校2年の2学期から、さらにそれは加速していった。
自身の気持ちが沈み、同調する事に批判的な言葉が図らずも出てしまう事を懸念し、休み時間は一人になれる場所を求め居なくなり、授業が終われば、塾へ直行するか即帰宅する。美術クラブにも行かなくなってきた。ただ、ピアノのレッスンにだけは通った。
そんな折、登校時に下駄箱に有った筈の響子の上履きが無くなっていた。
仕方なく来客者用のスリッパを借りて一日過ごし、帰りに新しい上履きを買って帰った。
暫くして、今度は体操服が見当たらない。教室の後ろのロッカーに、朝入れておいたものが無くなっていた。
同じクラスの子から、『中庭のビオトープの水槽の中に体操服入れが有ったよ。響子のじゃない?』と言われた。
その水槽に行ってみると、自分の体操服入れだった。中も自分の体操服が入っていた。
響子は中庭にある掃除用具入れを覗き、ゴミ集め用のポリ袋を一つ貰うと、水槽にあった体操服をそれに入れた。
そのポリ袋を持ち、響子は職員室の担任のところへ。
「先生、体操服が中庭の水槽で泳いでいました。新しいのを注文するので、体育の授業は私物で出ます。これは先生が処分してください。」と伝え、持っていたポリ袋を渡した。
淡々としている響子。他の子のように悔しがったり、落胆して泣く事は無い。
2週間後、午後の授業前にと思い、トイレの個室に居た響子の頭の上から、水が降ってきた。直ぐ後に数人のバタバタと言う足音が聞こえた。
「うわっ……ふぅ~、、、、、、、」と驚きの後、深いため息を一つついた響子は、濡れたままの髪や服のまま、教室へ戻った。
「……お、おい。北川、、、どうした?」とすでに教室に着ていた教科担任の先生が驚いた様子で声を発する。
その声に反応するように、クラス全員が響子を見た。
響子は教室後ろにあるロッカーから体操服入れを取出し、「保健室、行ってきます。」と言い残し、クラスを出て行く。
体操服入れの中のスポーツタオルで濡れた髪の毛や制服を拭きながら、他のクラスの前を平然と歩く響子。
暫くして戻って来た響子だったが、クラスの子は更に驚く。
響子は体操服を着てはおらず、ヤンキーややくざ者が良く着る様な黒地に金色のストライプの模様で背中には虎がプリントされたスウェットの上下だった。
新調した体操服が来るまで、ドンキホーテで買い、体育の授業で着ていたものだった。その時も、まわりから完全に浮いていた。
また、体育館のトイレ掃除当番の時、数人の男子生徒が窓の外で喋っていた時に遭遇した。中で清掃しているのが響子とは知らずに生徒たちは、話している。
「2年A組の北川って、可愛いよなぁ~、ってか綺麗だよな。」
「北川かぁ、止めとけ止めとけ。そいつ男が居るらしいぞ。三つ上のヤンキーらしいぜ。」
「聞いた事あるわ、それ。何でも家が近所で小学校の頃から付き合ってたとか聞いたぜ。JSと仲良く帰る中坊とかでさ。
 北川を からかってたら、すっ飛んできて追い払われたって誰かから聞いたぜ。」
「その男って、河村とか言う奴じゃねえか?新宿で捕まった事があるらしいぞ。」
「ほいじゃあさぁ、北川に告ったりしたら俺が絞められんのかな。そいつに、、、怖っ。」
【……はぁ~、、、どいつもこいつも、好き勝手な事言ってる、、、ま、どうでも良いんだけどね、、、】
12月のある日、6時間目の授業が無くなり話し合いが行われた。話し合いと言っても、学年主任や担任からのトラブルの報告と、解決案の出し合いと言う反省会の様なもの。
「今朝、浜本の椅子に接着剤が塗られていた。知らずに座ってしまった浜本の制服は汚れ、本人はショックで保健室で休養した後、帰宅した。」
「これは傷害罪になる。表ざたにはしたくない。クラスのみんなが加害者と思われるのも、今後の進学に影響してしまう。」
「犯人捜しをするつもりは無い。再発防止策を提案して欲しい。」と先生方は話した。
【解決策なんか、出る訳無いじゃん。……妬みや嫉妬、恨みとかあるかもね、、、人間の さがじゃん。自分で身を守るしか、、、】と思う響子。
「防犯カメラをつけましょう。」「やっぱり犯人を見つけ、罰を与えましょう。」「クラス全員が監視役になりましょう。」と数名から意見は出る。
発言する数名以外は”どうでも良いじゃん”とか”ほっとけよ”、”嫌なら学校へ来るな”とか小声で呟いていたり、窓の外を見て参加していない体を装ったり。
「北川。お前、何か案はあるか?」担任が響子に聞いてきた。体操服の件が印象に残っていた様だ。
「……ふ~、、なんで私かなぁ~、、、ま、いいけどね。人間だからさ、色々有る訳だし、、、ストレス発散したいんだろうけどさ。……やっぱ、、、」と続けた後、少しの間をおいて、

『恥を知れっ!』
と、響子はやや大きな声で言った。

クラス全員の視線が響子に集まった。
「これは、相手を罵る言葉じゃ無いらしいんだ。自分を戒める事なんだそうだよ。……だからさ、自分に恥ずかしくないような自分で居ようよ。
 解決案じゃ無くて、心構えくらいしか、、、今の私には出てこないわ。」と響子は話を終えた。
クラスに静寂な時間が流れた。
しばらくして担任が「そうだな。みんな生きてる人間だよな。そういう時もあるわな、、、だからと言って人に危害を加えたら、、、、ダメだよな、、、恥ずかしいよな。
 うん、みんな。自分にとって恥って何なのか、考えてみてくれるか。……今日はここまでにしよう。」と、終わりにすべく口を開いた。
話し合いは終わった。口数は少ないがいつもの放課後となり、それぞれが動き出した。


醍醐の気持ちは有難いと思っている響子。
自分の事を好きだと思ってくれている目の前の人が、「待つ」と言ってくれている。
さあ、一歩前へ。と自分自身から急かされてるのかもしれない。とも思う。
世の中には口の上手な男性もいるけど、目の前の醍醐は、それが出来ない真っすぐな人だと思う。
【響子、踏み出そうよ。醍醐は良い人だよ。】と言う、心の中のもう一人の響子。
【でもさ、響子。本当は、相手に依存したい、依存されたいとか思ってない?。相手の全てを理解したいとか、自分の全てを知って欲しいとか思ってない?】
【隆一の事を理解しているつもりで、理解していなかったし、力になりたいと思っていた為に、拒否しなくちゃいけない時に、何もできなかった自分が、本当は嫌いなんじゃないの?
 上山先生の時だって、本当の事が知りたいって言って、自己満足だけだったんじゃないの?結局、紀子先生に顔向けできない事になっちゃったでしょ。】
【繰り返したら、どうしよう。自分が許せなくなったらどうしよう。自分が大っ嫌いになったら、、、、どうしよう。】
【でも響子、、、、、、もう、良いんじゃないの?、、、、、、いい頃だよ。踏み出すには。だから咲奈に聞いて貰ったんでしょ。】
【咲奈か、、、、、あなたの様な素直さが欲しい、、、少しは、貰えたのかな。】


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