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庭のサッカーゴール、ママの肉ばなれ

「いたたたっ…」

テレビに映るワールドカップの映像を観ながら、私は右太腿をさすった。
連日の息子とのサッカーで、肉ばなれをおこしていた。ただの筋肉痛かと思って、続けていたのがよくなかった。はじめのうちは蹴る時だけ痛かったのだが、今では立っていても痛むほどだ。

そんな私の隣で5歳の息子は、
「ナイスパス!」「ナイスセーブっ!」
とテレビに向かって叫んでいる。

4月からはじめた息子のサッカー熱は、漫画アオアシの購読や、ワールドカップでの日本の躍進を観て、今、最高潮に達している。


幼稚園から帰るなり、
「お母さんっ!サッカーしに行こうっ!」
とボールを持って、私の手を引く。

「えぇっ…今帰ってきたところなのに!?」

だだっ広く、吹きさらしの公園の寒さを思うと、
ひるむ。
けれど、見るたびに上達していく息子を応援したい気持ち思い出し、自分を奮い立たせる。

「うぅぅ……いくかぁ!!」
「やったぁ!」

息子の笑顔は可愛い。



公園はめちゃくちゃ寒いのだけど、
本気でサッカーをしているとすぐに暑くなる。

本気で。

そう、私は本気だ。
ただ息子がボールを蹴るのを眺めているだけの付き添いではない。
本気で、息子と一緒に練習をする。

ストレッチを息子と一緒にしてから、
ドリブル、苦手なインサイドキックの練習を息子と順番にする。
ゴールキーパーと蹴る役を交代して、PK。
交互に、オフェンスとディフェンス。
最後に1対1の試合。

サッカー教室でやったことをなぞるように、
1〜2時間ほどみっちり練習する。

その間、声もはり続けている。

「おぉ、今のめっちゃいいボール!!」
「ほらほら、ボールちゃんとみんとぉ!」
「ナイスシュートっ!」



そんなママはたぶん、ちょっと珍しい。
隣で、子供同士でサッカーをしている小学生たちの視線を、チラチラと感じる。

そこに、小学生たちの方からボールが転がってくる。
距離があったけれど、私がバチンとボールの芯を蹴って、無回転で目指す相手に返すと、

「おぉ、すっげ。いいボール…」

と小学生たちがざわついた。
私は嬉しくて、ニヤニヤしてしまった。



✴︎
むかしむかし、私が小学生の頃。
私の家の庭には、小さなサッカーゴールがひと組あった。
田舎なので土地だけはあり、家の横にはなんの手入れもしていない、庭と呼んでもいいのか分からぬような、砂だらけの荒れた土地があった。
弟が、小学校のサッカークラブに入ったことをきっかけに、そこにサッカーゴールが置かれたのだ。

2歳差の弟とは、そこで一緒によく遊んだ。
私の友達も、弟の友達も、
ごちゃまぜになって、そこでサッカーをした。

子供同士が、家の庭でやるのだ。
なんの戦略もない。ただボールを追いかけるだけの遊びだっただろうと思う。

けれど、チームを組み、ボールを追いかけ、ボールを前に運び、その結果、勝ち負けが決まる。
それを飽きずに何度も何度も繰り返した。
楽しかった。
シンプルに。
ただただ夢中だった。

サッカースクールに通ったこともなく、クラブに所属していたこともない。
けれど、私は、その庭での経験を通して、それなりにサッカーが上手くなっていたみたいだ。

蹴りたい方向に、ボールを蹴れる。
強いボールも、高いボールも蹴れる。
サッカーの楽しさを知っている。

だから、今、
息子の練習相手になれる。

それが、すごく嬉しい。
一昔前は、“息子とキャッチボールをするのが夢”と語るパパは多かったみたいだけど、息子と本気でサッカーを練習するのも相当いい。きっと死ぬ間際に、人生の幸福な時間として思い出す。

まさか、そんな未来が待ってるなんて、小学生の頃は思ってもみなかった。死ぬ前に思い出すほど幸福な時間を作り出したのは、あの頃弟たちと夢中に点を取り合ったサッカーゴールだ。何が将来の糧になるかなんて、本当にわからないものだ。
遊びも勉強も、本気でやれば、何かしら得るものがある経験になるのだと実感する。


この足の痛みは、
それゆえの、
ちょっと本気で楽しみすぎたゆえの、
肉離れ。だった。

明日、病院に行こう。

「ちょっと息子と本気で、サッカーの練習を楽しみすぎちゃって」

とお医者さんに言おう。

「マ、ママがですか?」
「え、えぇ、息子ではなく、私が。」

きっと目を丸くされるだろうな。
これもまた、経験だ。

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