道路交通法38条の立法および改正の経緯を確認した。このまとめは、過去に記した以下の記事の観点に絡む。
上記の話題の中で、道交法38条1項と2項の、改正経緯の観点の意見を聞いた。その意見者の意見を要約すると、以下のようなものであった。
以下、道路交通法を単に法と略記する。
これを受けて、法38条1項と2項を中心に、法38条の改正経緯を確認し、記事にまとめることとした。
なお、交通法規の専門家ではないので、正確性は国会会議録や紹介書籍や裁判例検索サイト、さらに正確性を望むなら弁護士相談やお知り合いの警察官との会話などで補完してほしい。
1960年(昭和35年)、第34回国会
新法、道路交通法の制定である。道路交通取締法と同法施行令を廃止し、代わりに道路交通法を新たに制定している。
参照情報
改正内容
このときの法38条は、横断歩道とは関係ない。交差点における歩行者の通行を妨げてはならない義務が制定されている。
それでは横断歩道上の歩行者に対する保護はどうなっているか。それは、法71条1項3号に規定されている。ちょうど現行の法38条1項後段に近い。ただし、保護対象は横断中の歩行者に限られており、横断しようとする歩行者は含まれない。また、一時停止でなく徐行でもよいとされている。通行妨害禁止規定はこの頃からある。
国会会議録抜粋
1963年(昭和38年)、第43回国会
現行の法38条1項後段、横断歩道上に歩行者がいる場合の一時停止義務化は、第43回国会で成立した。当時は法71条1項3号となっており、この改正前は、歩行者の通行を妨げない方法は徐行でも構わないものとなっていた。
参照情報
改正内容
新旧比較すると、一時停止義務化されているほか、横断中に限らず横断しようとする歩行者も保護対象としている。ただし、反対車線側から横断しようとする歩行者を含まず、道路の左側部分だけを対象としている。
国会会議録抜粋
補足:「道路の左側部分」について(1)
国会会議録には以下の内容が残っている。
「なかなか無理」と記されている。甘い基準ではないかと思うかもしれない。これにはふたつの理由があると思う。そのうちのひとつをこの節に記す。残りの理由は「『道路の左側部分』について(3)」に記す。
国会会議録を見たところ、標識や標示が分かりにくく、横断歩道の手前に予告を表す菱形マークがないこと、横断歩道手前に停止線が引かれていないことも多く、横断歩道内のゼブラが引いていないことすらあるといったように、そこに横断歩道が存在するということが今ほど明確でなかったという事情があるように見える。これが理由にあるように見える。
横断歩道の存在を認識しやすくするという話は、法38条1項前段が制定されてからも引き続き、会議録に記されている。
上で示した困難な理由を示すと思われる会議録、そして、横断歩道の存在を認識しやすいようにという試みを示すと思われる会議録を抜粋していく。この節の法改正が1963年(昭和38年)だということを念頭に、いつの会議録なのかを気にしながら見ていただきたい。
◆標識や標示
この節の法改正の4年後の会議録より。法38条2項の新設に対する討議内容。標識や標示が分かりにくいという説明が行われている。
発言順序は前後するところ、対策はいろいろ講じられている様子。
◆菱形マーク
この節の法改正の2年後の会議録より。横断歩道の手前に予告を設けるという構想は、かなり初期からあったようだ。
この節の法改正の4年後の会議録より。横断歩道手前の追い越しは第30条第3号で禁止されており、横断歩道手前に追越し禁止の黄色線を引くことによって、横断歩道の予告を兼ねるというのが初期の構想だったらしい。
この節の法改正の9年後の会議録より。ここになってようやく、菱形マークが「最近目につく」と表現されるようになってきた。現行法における法38条1項前段、安全速度接近義務が規定されたのはこの前年、1971年(昭和46年)であり、この規定が設けられるのと前後して、菱形マークが設置されるようになったと読み取れる。
標識令の沿革を見れば、菱形マークの正確な導入時期を確認できるだろうところ、日本法令検索では標識令の沿革を辿ることができるのは平成12年までであるうえ、府省令だからか、審議経過を確認することはできなかった。
◆横断歩道手前の停止線
この節の法改正の翌年の会議録。停止線がないので横断歩道の間際まで車が来るという話が出ている。菱形マークの予告はまだこの時期にはなく、停止線もないというケースもしばしばあり、どこで停まればいいのかという感じだったようだ。
◆横断歩道内のゼブラ模様
この節の法改正の4年後の会議録。停止線がないどころか、ゼブラ模様が引いていないこともあったようだ。予告の菱形マークも、停止線も、ゼブラ模様もない。こうでは一時停止義務を履行することが難しいのも分かるだろう。
別日に、上の発言を念頭に嫌味をチクリ。
◆遠くから見やすい標識
この節の法改正の4年後の会議録。横断歩道の存在を認識しやすいようにという試みである。
◆道路照明の設置場所
この法改正の20年以上後の話。横断歩道を認識しやすくしていく試みは、法改正から20年経った後も続く。
◆この節のまとめ
法38条1項が道路の左方に限定されていたのは、横断歩道に関する周辺環境が十分に整備されていなかったことによる部分が大きいと感じた。この解消は、1971年(昭和46年)、法38条1項前段の安全速度接近義務の制定を待つ必要がある。
1967年(昭和42年)、第55回国会
法38条2項と3項の成立である。このタイミングに合わせて、法38条1項と法71条3号の統合が行われている。
改正前の法38条は、交差点における横断歩行者の保護を規定しているものだった。1項が交通整理の行われている交差点、2項が交通整理の行われていない交差点となっていた。この区別をなくし、横断歩道の有無で分けることとした。横断歩道がある場合には、交差点か否かを問わず、改正後の法38条1項でカバーすることとした。そして、横断歩道がなくとも交差点附近であれば、改正後の法38条の2でカバーすることとした。
法71条3号 → 法38条1項
…… まったく同じ、交差点併設にかかわらず横断歩道全般に適用
法38条1項・2項 → 法38条の2
…… 統合
参照情報
改正内容:法38条1項
前記のとおり、改正前の法38条「交差点付近を横断する歩行者の保護」、これと改正前の法71条3号「横断歩道上の歩行者の保護」を統合したものとなっている。内容は、法71条3号と全く同じとなっている。
現行法の法38条1項後段に相当する。ただし、依然として道路の左側部分に限定されている。
改正内容:法38条2項と3項
法38条の2項と3項は新設の条項である。
現行法と比較すると、交通整理が行われていない交差点に限定されている。現行法との比較は、次の改訂、1971年(昭和46年)のところで確認している。
改正内容:法38条の2
交差点付近の横断歩行者の保護の扱いは、旧来は、交通整理の有無で分けられていた。改正によって横断歩道の有無で分けられることとなった。そのため、交差点付近においては交通整理の有無如何にかかわらず、横断歩道がない場合には本項で扱われることとなる。
この条項は、現行のものとまったく同じ内容になっている。
国会会議録抜粋
補足:法38条2項と反対車線の関係
この記事を作成する前に、法38条2項と反対車線の関係を記事にまとめている。
上記の記事でも会議録を抜粋しているところ、この法改正の会議録を一通り読み返した限り、反対車線を含むとは読み取れなかった。
補足:現行法の法38条1項前段との関係
法38条2項が反対車線を含まない理由として、ある裁判、昭和45(う)1257を用いている解説を見たことがある。その裁判に触れつつも、ここではその観点でなく、現行法の法38条1項前段との関係性に触れる。
以下、この節では法38条1項前段・後段を単に、前段・後段と記す。
この時点の法38条には、現行法の前段にあたる明文規定はない。では、前段にあたる義務はないのか。つまり、横断歩道に横断歩行者あるいは横断しようとする歩行者がいる場合の一時停止に備えて、横断歩道に接近する際に減速しておく義務はないのか。この裁判は、この義務に言及している。
答えから書くと、現行法の前段にあたる義務は存在する。そして、道路の右側部分、つまり反対車線から横断してくる歩行者に対する注意義務も存在することになる。おそらくこれが、現行法の前段の原点と思われる。
この点を、判決文に照らして確認していく。この裁判で問われた事故は、昭和43年4月26日に発生しており、法38条に関する適用法令としてはこの節、1967年(昭和42年)改正のものとなる。
まずは、現行法の前段にあたる義務が存在することが記された箇所を抜粋してみる。
道路左側に限定されているのは、現に横断歩行者あるいは横断しようとする歩行者がいる場合の一時停止義務の話となっている。それに至る以前の速度調整義務は、歩行者がいるかもしれないと備えるべき歩行者の位置は、道路の左側に限定されていないことも読み取れる。進路に相当する道路の左側、その位置に向かう歩行者は左からの場合も右からの場合も含むということになる。
上記の義務を明記したものが、現行法における前段といえるように思う。
なお、運転者は道路右側の渋滞車列の間から左側横断歩道上に飛び出してくることを想定して減速していた。しかしその減速は、大人が歩いて接近してきた場合に事故回避できる程度であった。小児が走って接近してきた場合に事故回避できる程度に減速できていなかった。これを過失と認定されている。この点、現行法解釈においても同様であり、運転においても注意すべき点だと思う。その必要な減速の度合いは、今回の事案においては約20km/hと判示されている。
補足:法38条2項と昭和45(う)1257との関係
前の節を踏まえたうえで、あらためて法38条2項と昭和45(う)1257の関係を読み解く。法38条2項が反対車線を含まない理由として、昭和45(う)1257を用いることが妥当であるかという話である。
答えから書くと「主張の根拠には使える。ただし裁判所からそのように判示されたとは言えないので、裁判例という意味での根拠には使えない」と考える。
検察は予備的訴因に法38条2項を示しているわけでなく、裁判官は法38条2項への訴因変更を打診していないのだから、この裁判当時、法曹関係者の間では法38条2項が反対車線に及ぶとは考えていなかっただろうことは読み取れる。ただし、言えるのはそこまでである。判示されたレベル、裁判例レベルの根拠とはなり得ない。
加えて、この刑事裁判の判決が、現行法においてもなお同じ効果をもたらすのかは別の話である。その検討なしに、現行法においても法38条2項が反対車線に及ばないとするのは短絡過ぎる。
ただし、今回この記事をまとめて、法38条まわりの変遷を追いかけた限り、現行法においてもなお同じだと思う。つまり「主張の根拠には使える。ただし裁判所からそのように判示されたとは言えないので、裁判例という意味での根拠には使えない」という状況だと思う。
1971年(昭和46年)、第65回国会
この改正で、法38条1項前段が追加されている。また、法38条2項と3項は、交通整理されている場合でも、歩行者赤信号でない限りは適用されることとなった。これらの改正により、現行法にかなり近い内容となっている。自転車保護に関する部分、法38条3項の先行車両の部分が若干異なる程度である。
また、某所で問題となっている「その前方に出る前に」という文言は、このタイミングで追加されたようだ。従来「当該横断歩道の直前で」となっていたものを、「その前方に出る前に」に改正している。ただし、その点に関する説明や討議は見つけられなかった。
参照情報
改正内容:法38条1項
法38条1項前段が追加されている。この改訂により、自転車保護の部分を除き、現行法とまったく同じ内容となった。
法38条1項後段についても、改正前は「道路の左側」と記されていたところ、現行法の形に変更されている。この点についての掘り下げは、「『道路の左側部分』について(2)」と題して別の節にまとめた。
改正内容:法38条2項
改正前は、交通整理の行われていない横断歩道が対象となっていた。この改正により、交通整理が行われている場合でも、歩行者赤信号でない限りは適用されることとなった。
微妙な改訂が行われている。某所で問題となっている「その前方に出る前に」という文言は、このタイミングで追加されたようだ。従来「当該横断歩道の直前で」となっていたものを、「その前方に出る前に」に改正している。それに合わせて、停止車両の位置も「横断歩道の直前」だけでなく「横断歩道の手前の直前」に改められている。
趣旨は当然、横断歩道から離れて停止、たとえば停止線で停止している車両の側方を停止せずに通過し、横断歩道の直前まで進んで停止するということをされては、歩行者の保護としては不十分だからだろう。これには、これまで横断歩道手前の停止線の整備が十分でなかったことも影響するのだと思う。
改正内容:法38条3項
改正前は、交通整理の行われていない横断歩道が対象となっていた。この改正により、交通整理が行われている場合でも、歩行者赤信号でない限りは適用されることとなった。なお、2項に「次項において同じ」と記すことにより、3項の改訂量を抑える改定内容となっている。
国会会議録抜粋
この改正の冒頭で記した通り、法38条2項「当該横断歩道の直前で」→「その前方に出る前に」の改正に関する説明や討議は見つけられなかった。
国会会議録をざっと追いかけたところ、横断歩道橋の討議が多いと感じた。横断歩道橋を設置することで事故を減らしていこうという話や、「主婦であるならば乳母車を引いたり、あるいはからだの不自由な方はいろいろないわゆる松葉づえをついたり、あるいは下半身のきかなくなった方なんかは特殊な機械を使っている、そのためには横断歩道橋が役に立たない」などといった、横断歩道橋では対応できないケースをどうするかといった話が目立ち、法38条含め法案の中に踏み込んだ話はなかったようだった。
補足:「道路の左側部分」について(2)
条文の以下の点についての補足。
この「道路の左側部分」とされている点が、現行法に比べて対象が狭いとみる見解があるようだ。この記事冒頭に記した以下の見解も、現行法は旧法に比べて範囲が広げられていると見ていることが根底にあるように見える。
ここで法38条1項後段の新旧対比を改めて示す。表現を除いた実質的な違いは、以下太字部分だけである。
改正後の法における、法38条1項後段の適用範囲となる歩行者の範囲を図で示す。図は、『19訂版執務資料道路交通法解説』p.369の図(62)を参考に作成した。
以下のように横断歩道に向かって進行する車両があるとする。簡素化して考えるために車道の幅は省略した。
「進路」は下図の範囲を指す。
「進路の前方」は下図の範囲を指す。進路の左右に広がるエリアは安全バッファであり、一義的に定めることはできないものの、法18条2項(歩行者の側方を通過する際の安全間隔保持義務)との関係から、1m程度とする見解が有力である。
「進路の前方を横断する歩行者」は下図の範囲にいる歩行者を指す。
「進路の前方を横断しようとする歩行者」は下図の範囲にいる歩行者を指す。ただし、進路の方向に接近してくる歩行者だけに限られる。
左右への広がりは、車両が横断歩道を通過し終えるまでに、歩行者が進路のに到達できる範囲を指す。その範囲は、歩速によっても異なるため一義的に定めることはできないが、『19訂版執務資料道路交通法解説』p.370には警視庁道交法を紹介しており、それには5mくらいに接近していれば該当すると記されている。
補記(2024/08/26)。黄色のエリアを、1mの安全バッファを取ったうえでそこから5m先まで伸びている理解で下図や解説を記していたが、それは誤りである。正しくは、車幅から5mである。車幅から1m以内が「横断する歩行者」、車幅から1m~5m離れた場所が「横断しようとする歩行者」である。以降の図をそのように読み取ってほしい。
車道と歩道を区別した形にすれば、下図のようになると思う。反対車線の歩道が5m以上離れてくると、反対車線の歩道を含まなくなる。
さて、改正前後で「横断し、又は横断しようとする歩行者」の部分は変わっていない。「進路の前方を横断しようとする歩行者」の範囲、その左右への広がりは、改正前も変わらないとみるのが妥当であろう。
つまり、改正後はもちろん改正前も、反対車線方向約5m以内にいる歩行者は十分に「道路の左側部分を横断しようとする歩行者」に該当すると解釈するのが適切と考える。
改正前後で「横断する歩行者」「横断しようとする歩行者」の範囲がどう変わったかを下図に記す。下図左が「道路の左側部分」、下図右が「進路の前方」となっている。下図のように、幅員が広い道路や車線が複数あるような道路で違いが顕著になる。逆に幅員が狭く、左右に1m以上の安全バッファを確保できないような場合は、改正後がより広いこともあり得る。ただし、車道幅基準でなく進路幅基準となったということは、基本的には狭まったと捉えるのが適切だと思う。
つまり、改正前は「道路の左側部分」全体となっていたところ、改正後は「進路+安全バッファ」程度に範囲が狭められていると解釈するのが適切と考える。そのため、「道路の左側部分に限定されていた一時停止義務が、反対車線に歩行者がいる場合も含むように改正された」という解釈は正しくないように思う。
補足:「道路の左側部分」について(3)
ここで「『道路の左側部分』について(1)」で据え置きとなっていた点を記す。つまり、「道路の左側部分」に改正された昭和38年改正の、もうひとつの改正理由である。問題としていた会議録は、以下の「これはなかなか実情は無理」という部分である。
この部分の改正内容をおさらいする。
改正後の法71条3号の重要なポイントは、「横断しようとしている歩行者」が追加されていることである。これが追加され、しかし道路の左側部分に限定していなければ、下図左の範囲となっていたことだろう。横断歩道右端の右に、左同様に「横断しようとしている歩行者」の範囲が広がっている。一時停止義務を課すにしては広がりすぎている。これに対して「実情はなかなか無理」と言っている。そのため、下図右の範囲に改正した。このように解釈すべきと思う。
つまり、昭和38年改正で、歩行者が反対車線にいる場合を完全に排除していたというのは誤りである。その後、昭和46年改正で、反対車線を含むように改正されたというのも誤りである。どちらの改正も、法38条1項後段の適用範囲がより限定的となる改正である。適用範囲がより限定的となる改正だから、法38条2項の範囲が広がる根拠とはなり得ないことが分かる。
補足:法38条2項と昭和45(う)1257との関係(再)
前の節を踏まえたうえで、あらためて法38条2項と昭和45(う)1257の関係を読み解く。法38条2項が反対車線を含まない理由として、昭和45(う)1257を用いることが妥当であるかという話である。
言うまでもなく、以前の節で記したとおり「主張の根拠には使える。ただし裁判所からそのように判示されたとは言えないので、裁判例という意味での根拠には使えない」のままとなると考える。
法38条1項の一時停止義務の範囲は、昭和38年改正と昭和46年改正それぞれ、狭まっている。法38条2項の範囲が反対車線に広がる根拠とはなり得ない。そうなると、昭和45(う)1257の解釈、現行法への適用状況は依然として変わらない。このように判断するのが適切と思う。
1978年(昭和53年)、第84回国会
この改正で、自転車保護に伴う改訂が行われている。
条項の文章構造は同じで、自転車横断帯における自転車保護を、横断歩道における歩行者保護と同様に扱うよう、改正されている。
参照情報
改正内容:法38条1項
自転車保護に伴う改訂により、現行法とまったく同じ内容となった。
以下の関係性が紛らわしい、赤の部分も含んでいると誤読されやすい構成になっていると問題視されるところである。この点は少し下に掘り下げて説明を加えている。
改正内容:法38条2項、法38条3項
こちらも法38条1項同様、自転車保護に伴う改訂となっている。これにより、現行法とほぼ同じとなった。法38条3項の先行車両の部分が若干異なる程度である。
差異はほとんどないため、新旧比較は省略。
国会会議録抜粋
補足:横断歩道を通行する自転車の保護
以下の関係性が紛らわしい。赤の部分も含んでいると誤読されやすい構成になっていると問題視されることがしばしばある。この点を少し掘り下げる。
法令の改正時に「必要最小限の部分だけ直す」(『法律を読む技術・学ぶ技術 改訂第4版』PART1、第2章3項)というのは良く用いられる手法ではある。これもその種の改正方法だろうと思う。
条文のうち、歩行者は横断歩道に係り、自転車は自転車横断帯に係る。そのため、横断歩道を通行する自転車は法38条1項後段の保護を受けない。自転車横断帯を横断する歩行者も同様である。ただし歩行者の場合、法18条2項(歩行者の側方通過時の安全間隔保持義務や徐行義務)の保護を受ける。また、歩行者と自転車のどちらの場合も、法70条(安全運転義務)の保護を受ける。
ネットでは、横断歩道を通行する自転車乗りがいる場合に、法38条1項後段による一時停止義務と通行を妨げない義務が生じるとする見解を示しているサイトがある。上図で言う、左下から右上への矢印も適用対象だとする見解となる。しかしそうではない。それは以下の書籍に明記されている。
横断歩道を通行する自転車乗りがいる場合に、法38条1項後段が適用されるという意見をよく見ると、法70条(安全運転義務)において状況次第で生じる一時停止義務との混同のように見える。
法38条2項が反対車線の停止車両を含むとする見解にも、この種の混同は見られる。以下を区別して考えられるかという話に行き着くと思う。
① 事故が起これば注意義務違反と扱われる運転態様
② 事故が起こる前でも検挙対象として道交法違反と扱われる運転態様
①のすべてが②とされているわけではない。①の一部に道交法違反の規制を課し、さらにはその規制の一部が検挙対象とされている。どこまでを②と扱うかは交通政策上の話となる。①に該当するような安全でない運転だから②なのだというのは、交通政策を考えていない意見であり、結果の先取りに過ぎない。
他に注意すべき点がある。法38条1項前段がどうなるのかという話である。
自転車を押して歩くと、歩行者扱いとなる。
そして、自転車は秒で歩行者になり得る。低速あるいは停止中の自転車がいる場合には、自転車から降りることで容易に歩行者になり得る。そのため、横断歩道付近に低速あるいは停止中の自転車がいれば、そのままでは法38条1項後段の保護を受けないとはいえ、法38条1項前段はほぼ適用されると考えるのが無難に思う。秒で歩行者に変わる者がそこにいるからには、法38条1項前段「歩行者がないことが明らか」と言えることはほとんどないと思う。
この「自転車は秒で歩行者になり得る」を表す適切な動画がどこかにあったのだが、見失ってしまった。本当に1秒以内に歩行者になっている動画である。自転車で横断歩道に接近し、ドラレコ搭載車両が警戒しながら減速していると、横断歩道に到達して1秒以内で自転車から降りて歩行者になっているというもの。横断歩道手前で一時停止しなければ、当然に法38条1項後段違反である。
2022年(令和4年)、第208回国会
この改正で、特定小型原動機付自転車に伴う改訂が行われている。
参照情報
改正内容:法38条3項
特定小型原動機付自転車に伴う改訂により、現行法とまったく同じ内容となった。
「軽車両」とされていた様々な部分が「特定小型原動機付自転車等」になっている。「特定小型原動機付自転車等」=「特定小型原動機付自転車」+「軽車両」であるため、特定小型原動機付自転車が追加された形である。
国会会議録抜粋
その他、気になった国会会議録
その他、読み漁る中で気になった国会会議録を抜粋した。
永久免許剥奪。
ドイツでは、悪質な運転に対しては、刑事裁判で免許剥奪もあると聞く。
ブレーキランプ的なものを前にもつける。ちょっと斬新に感じる。
押しボタン信号付き横断歩道。これはかなり実現された政策ではないだろうか。
照度まわりの話。
このあたり、最新事情では色々と変わっているのだろうところ、
絵だけで伝えることの難しさ。そして当時の標識はどんな図柄だったのだろうか。
教育のありかたと絡めた話。
手を差し伸べることが是か否かが難しい時代になってきた部分はありそう。
50年以上前の会議録。
本当なのかという印象もあるが、時代や分野によっては、必ずしも昔の日本人はマナーがよかったというわけではないということだろうか。
たしかに『戦前の少年犯罪』を読むと昔からマナーがよかったわけではないことは想像つくが、戦後の一時期、昔の文化と戦後教育文化が混ざり合ったあたりには、マナーがよいといわれる時期があったと思うし、諸外国から今なおマナーがよいという評価を受けているように思う。
後半に記されているように街の作りという面もあるだろうか。いずれにしろ、より良い形の日本になっていくことを願う。
先の、法38条2項が反対車線に及ぶのか、その違反で検挙された人の話を思い出した。
最後に
この記事をまとめることに時期を同じくして、ある動画で語られた話が響いた。それは以下の言葉である。
これは、法律や法改正とは全く無関係の文脈で語られていた言葉である。もう少し言えば、弥助というキーワードとともに語られていた言葉である。ここでは弥助については控えておく。
◆今の常識を過去に持っていかない
過去の物事を見るときに、今の常識で見てはいけない。それは、この法改正を追うときに強く感じたことであった。
横断歩道がそこにあると認識することが容易でない。この前提があることを知らなかった。今の常識で見てしまうと、ひし形マークがあり、見やすい位置に標識があり、ゼブラ様の横断歩道がある、この前提で見てしまっていた。それを知ることができ、得たものが大きかった。
◆過去の常識を今に持ってこない
そしてもうひとつ、過去の常識を今に持ってこないということ。これにも触れておく。これには、過去に記した以下の記事を思い出した。
上の記事に、「過去の常識を今に持ってこない」という観点で補足する。
当方は法38条2項は反対車線の停止車両を含んでいないと考えている。そして、解釈は現状に照らしてもなお、そのままの解釈でよいと考えている。
反対車線のような、歩行者がいる高度の蓋然性が認められないケースでは、運転者の判断、それに基づく法70条(安全運転義務)による徐行や最徐行や一時停止に委ねる程度で十分と考えている。
別のところに投じたものを、誤字など一部訂正して記す。
過去の解釈がどうであるかということだけでなく、「今の時代で何が一番いいのか」を踏まえたうえで、それでもなお、法38条2項は反対車線の停止車両を含んでいないという解釈のままでよいと考えている。