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『ひまわりの詩』

登場人物
 青山夏子 高校二年生。不登校女子。
 平澤太陽 同、転校生男子。
 瑞橋葵  同、ド天然女子。
 南田美空 同、真面目系女子。
 浜崎海斗 同、悪ぶってる男子。
 元浦大地 同、舎弟っぽい男子。

  一場

 屋上。青山夏子が静かに入ってくる。右手に彼女なりの遺書を握りしめている。誰もいないことを確認し、屋上の縁の方へ。下をのぞき込む。

夏子 ここから飛び降りたら、楽に死ねるだろうか……。

 夏子は感情の見えない笑みをこぼす。それから遺書を開いてそこに目を落とす。

夏子 結局、言葉は何も出てこなかった。だから一言「さよなら」と書いて、明日の日付と名前を添えた。

 腕時計で時刻を確認する。

夏子 十一時五十八分――八月十五日まで、あと二分。

 遺書を折りたたみ、飛び降りる体勢に。(柵を用意してそこへ手をかけるとか、靴を脱ぐとか、できる範囲で視覚的に)最後に再び時計を覗き、いよいよというタイミングで扉の開く音。
 夏子は身をすくませ、ゆっくりと振り返る。満面の笑みを浮かべた平澤太陽がいた。

太陽 夏子ちゃん!
夏子 ……え?

 太陽は茫然としている夏子にお構いなしで彼女に駆け寄り、抱きしめる。

太陽 お誕生日おめでとう。
夏子 ……。
太陽 久しぶりだね。ずっと会いたかったんだ。
夏子 誰?
太陽 太陽、平澤太陽。覚えてない?
夏子 ……あ。
太陽 思い出した?

 夏子は太陽から離れてもう一度飛び降りようとするが、太陽がしっかり捕まえている。

太陽 何してるの、危ないよ!
夏子 あなたには関係ない。
太陽 関係あるよ。僕は夏子ちゃんと約束したんだ。誕生日を祝ってあげるって。
夏子 何年前の話よ?
太陽 えっと……十年前、かな。

 夏子が抵抗を止め、改めて太陽の方を見る。

太陽 本当にごめんなさい。でも、覚えててくれたんだね。
夏子 生憎忘れられるほど他に思い出がないの。
太陽 ありがとう。
夏子 は?
太陽 覚えていてくれて、ありがとう。
夏子 ……。
太陽 改めまして夏子ちゃん、十七歳の誕生日おめでとう。
夏子 それ、やめてくれる?
太陽 何で?
夏子 当てつけにしか聞こえないから。
太陽 ……誕生日に飛び降りようとしたことが?
夏子 ああ、うん。そういうことでいいや。とにかくあたしは、自分が生まれた、今日という日が嫌で仕方がないの。
太陽 でも僕は、夏子ちゃんが生まれてきてくれたことが、すごく嬉しいよ。
夏子 ……何なの? 今更。
太陽 長いこと待たせちゃったのは本当に申し訳ない。そこに関しては何度だって謝るよ。でもさ、僕にとってはこれからなんだ。
夏子 これから……?
太陽 夏休みが明けたら、僕は夏子ちゃんと同じ学校に通うんだ。やっと、ここまで来た。
夏子 あたし、学校なんて行かないから。
太陽 どうして?
夏子 (イラついて)聞かないでよ、そんなこと!
太陽 だって、聞かないと分かんないんだもん。
夏子 ……。
太陽 大丈夫だよ。
夏子 何が?
太陽 それは夏子ちゃんが教えてくれないと分からないけど。どんなに辛いことでも笑っていればそのうち乗り越えられるから。
夏子 は?
太陽 笑っていれば元気になる。幸せになる。
夏子 何その根拠のない――
太陽 根拠ならあるよ。
夏子 ……?
太陽 僕が、何とかなったから。
夏子 ……。
太陽 楽しみだな、学校。
夏子 楽しいことなんて……なかったよ。

 太陽がふと思いついて笑みを浮かべ、

太陽 じゃ、これから見つけに行こう。

 夏子の手を取り、屋上から連れ出す。暗転。

  二場

 高校の教室。瑞橋葵が勢いよく駆け込んでくる。

葵 おっはよう!

 誰もいないことを確認。

葵 一番乗り!

 少し間を置いて南田美空が入ってくる。

美空 おはよう。相変わらず早いね。
葵 誰もいない教室ってちょっと得した気分になるんだよね。

 今一つ理解できていない美空だが、適当に相槌を打っておく。葵は急に深刻な表情を作り、手を合わせる。

葵 あ、お願い! 夏休みの宿題見せて。ウチ昨日超頑張ったんだけど終わらなくて。
美空 ……去年もそんなこと言ってなかった?
葵 気のせい気のせい。ね、いい?
美空 昨日ちゃんと頑張った?
葵 うん、頑張った。ちゃんと1ページやった。

 ドヤ顔で決める葵。美空はあきれつつも、

美空 ……ま、手をつけてるだけましなのかも。
葵 お願い、一生のお願い。
美空 一生のお願いって何度目?
葵 あはは……。ね?

 頼み込む葵、頼られてまんざらでもない美空。

美空 しょうがないなあ。
葵 ありがとう。

 葵、美空に抱き着く。そこへ浜崎海斗と元浦大地が登場。

海斗 大ニュース!
葵 え、何? どしたの海斗?
海斗 今日転入生が来るらしいぜ。
美空 へえ、どんな子だろ?
大地 名前は「平澤太陽」ド田舎からやってきたらしい。
葵 ふうん。「太陽」ってかっこいいなあ。でも格好よくなかったら残念だよね。
美空 葵、それ……。
葵 何?
海斗 それともうひとつ。
大地 聞いて驚くなよ。
葵 海斗の情報くらいで驚かないと思うけど。
海斗 (聞いてない)青山夏子が学校来るらしいぜ。
葵 ……え、誰?
大地 仮にもクラスメイトを誰呼ばわり。
美空 ほら、去年の冬から不登校の子がいるじゃん。
葵 いたっけ?
美空 いたよ。
海斗 俺が持ってきた大ニュースを。
葵 だって存在感無いんだもん。
大地 出席番号一番って意味では分かりやすくないか?
海斗 言えてる。アオヤマだからな。
葵 (ハッとして)そっか! だから一番前はいつも空白なんだ。
美空 (軽く)ちょっと言い方ひどくない?
海斗 出たー。南田のいい子ちゃん発言。
美空 あら、いい子ちゃんで文句ある?
葵 そうだよ。美空は宿題見せてくれるすごくいい子なんだよ。
海斗 あ、じゃあ俺にも見せて。
大地 やってないんだ。
海斗 大地、なんか言ったか?
大地 いや何も。

 海斗がじゃれてる範囲で大地にあたる。葵と美空も笑って受け流している。

葵 でも……そっか。不登校の子が学校戻って来るんだ。よかったね。
美空 まあね。
海斗 でもあいつ面白くないんだよな。いじっても反応ないし。
葵 付き合ってられなかったんじゃないの?
海斗 おい、瑞橋。それどういう意味だ?
美空 まあまあ。
海斗 あ?

 間。

海斗 まあ、いいさ。今度はちゃんと付き合ってもらおうじゃないの。
葵 それって――
美空 葵、ちょっとは学習しなよ。
海斗 なあ大地?
大地 え? ……ああ、うん。
葵 てか青山さん本当に来るのかな?
海斗 俺の情報が間違ってるとでも?
美空 いや、ほら。先生のところに来るって連絡が入っても実際来るかは分からないじゃん。
大地 それは確かに。
海斗 そっか。

 太陽がひょっこり教室に顔を出す。

太陽 おはよう。
葵 おはよう? あ、もしかして噂の転校生?
太陽 噂かどうかは分かんないけど転校生だよ。
美空 平澤君だよね。おはよう。
太陽 何で名前知ってんの?
海斗 俺の情報網なめんなよ。
太陽 なめてないよ、感心してるよ。
美空 この人、葵と近い人種かも。
大地 平澤は――
太陽 あ、太陽でいいよ。そっちのほうが呼ばれ慣れてるし。
大地 そう。太陽はド田舎の、島とか出身?
太陽 間違いではないけど……何でそんなもやっとした情報?

 大地は海斗に聞こえないよう耳打ちする感じで、

大地 情報掴んだ人間の地理的センス……。
太陽 (海斗を見ながら)ああ。
海斗 何話してんだ?
大地 別に、何も。
太陽 でも僕は「うわ、東京だ!」みたいなのはないかな。初めてじゃないし。
葵 そうなんだ。
太陽 それに東京の友達も――
美空 あ! 今日始業式だった。
葵 そう言えば皆いないし!
大地 (海斗に)せっかく来たのに先生に怒られるんじゃ割に合わないよな。
海斗 え、ああ。
美空 早く体育館行こう。
葵 うん。太陽は?
太陽 僕はちょっと……遅れて登場するのは転校生の特権だからね。
美空 じゃ、またあとで。

 四人それぞれに出ていく。

太陽 ……何で夏子ちゃん隠れてるの?

 太陽に引っ張られるように夏子登場。

夏子 さっきの聞こえたでしょ。あたしいじめられてるの。
太陽 そうかな? どっちかと言えば……。
夏子 あんた馬鹿?
太陽 ま、成績はあんまりよくないかな。
夏子 ……あたしはもっと悪い。
太陽 え?
夏子 半年勉強してないんだから、今更やってもどうせ馬鹿ってからかわれる。
太陽 そんなことないよ。
夏子 どうして言い切れるの?
太陽 彼も成績悪そうだったから。
夏子 何その理屈?
太陽 何だっていいよ。とりあえず明るく前向きに、ね?
夏子 ……。
太陽 始業式が始まる。僕らも体育館行こう。
夏子 いや。
太陽 そう? じゃ、保健室で待ってて。帰っちゃだめだよ。
夏子 ……分かったよ。分かったからもう家に押しかけるのはやめて。

 先に出ていく夏子の後姿を見つめ、太陽がほほ笑む。暗転。

  三場

 保健室で一人そわそわしている夏子。不意に立ち上がるなどして、

夏子 やっぱ無理。

 部屋から出ていこうとするが、外を覗いた瞬間、慌てて引き返す。ベッドやカーテンなどの物陰に隠れる。
 それと同時に太陽と葵が登場。

太陽 夏子ちゃん。
葵 いないよ?
太陽 おかしいな。保健室で待ってるって――

 少し遅れて美空も現れる。が、部屋の入口付近にとどまっている。

美空 先生もいないのね。
太陽 へ?
美空 一人になったところで不安になって帰ったんでしょう。
葵 何で分かるの?
美空 別に、本当に太陽が連れて来たんならその流れが自然かなって思っただけ。
葵 そっか。
美空 じゃあ、あたしたちも帰りましょうか。
葵 え?
美空 え、って何?
葵 だって、ホントに帰ったのか分からないし?

 葵は困って太陽の方を見つめる。

太陽 ああ、うん。僕はしばらく待ってみるけど、二人はどっちでも。
葵 みずくさいなあ。

 と、葵が真っ先に座って待ちの体勢に。

葵 美空も、そんなとこ突っ立ってないで。

 と、出入り口に張り付いている美空を呼びよせる。美空は数歩近づくものの立ったまま。

美空 じゃあ、待ってる間に聞いてもいい? 太陽と青山さんって、どういう関係?

 太陽は首を傾げつつサラリと。

太陽 夏子ちゃんは僕の初恋の人――

 間。

太陽 とか?
葵 (ずっこけるようなリアクション)え、それ嘘? ホント?
太陽 自分でもよく分かんないや。
美空 そう来たか。
太陽 話は十年前に遡るんだけど……僕が住んでた島っていうのが夏子ちゃんの田舎でもあるんだ。僕んちの近所に夏子ちゃんのおばあちゃんの家がある。だから夏休みになると夏子ちゃんは遊びに来るわけ。
葵 ふんふん。
太陽 そこには一面のひまわり畑があった。
葵 お、なんか画になる感じ。
太陽 でしょ?

 続きを語ろうとした太陽がふと黙り込み、葵をじっと見つめる。

葵 ……何?
太陽 あおいちゃん、だったよね?
葵 うん。そうだけど?
太陽 僕の妹もね、葵って名前なんだ。
葵 へえ。
美空 太陽と葵、か。
太陽 うん。だから僕にとってひまわりは何て言うか、特別な花。

 葵、一人だけ意味が分からず二人の表情をきょろきょろと伺う。

太陽 葵はね、重い病気だったんだ。あの頃の僕はよく分かってなかったけど、空気や水のきれいなところで療養するって名目であの島に住んでいたみたい。
美空 (先の展開を察して)ふうん。
太陽 夏子ちゃんと出会った頃の僕は、それはまあひねくれた子供だったよ。妹のことが心配でうじうじしてるくせに、その妹に親が掛かりっきりなことに嫉妬しちゃったり。
美空 で、あの頃の青山さんは逆に天真爛漫の明るくて元気な女の子だったり?
太陽 だったね。ありがちだって言われたらそうかもしれないけど、大事なのは僕にとってそれが特別な出会いだったってこと。
美空 なるほどね。
太陽 それともう一つ。夏子ちゃんの誕生日って八月なんだ。夏休みのど真ん中。
葵 ああ、確かに名前も、夏子!
美空 そこ?
太陽 帰省しちゃうから友達に誕生日を祝ってもらったことがない、ていうのが小学一年生だった彼女なりの悩み。
美空 それはそれは。
葵 ねえ。何で美空、さっきから分かってますって感じなの?
美空 分からないなら黙って聞いてあげれば?
葵 黙って聞きたいのに美空が突っ込むんじゃん。
美空 それは……そうかも。ごめん。
太陽 でも、僕としても話しやすいよ。特にこの後……僕は、夏子ちゃんとの約束を破ることになるから。
葵 (大げさに)ええ?

 間。

太陽 こんな風に驚いてくれるの、ちょっと面白いかも。
美空 だからあたしも、なんだかんだこの子の天然キャラ嫌いじゃないのよね。
太陽 (葵に)僕は夏子ちゃんと約束したんだ。来年の誕生日は僕が祝ってあげるって。元気になっていれば、妹も一緒に。
美空 でも、翌年二人は会えなかった。
太陽 (頷く)
葵 何で?
太陽 葵の病気が悪化してさ。約束した誕生日の頃は、とてもお祝いなんて、できる状況になかったんだ。
美空 それが東京に出て来たってことは――
太陽 おかげさまで元気になりました……って、言えたら良かったんだけどね。

 美空は沈痛な表情を作ってみせるが、葵はきょとんとしている。

葵 え、何? どういうこと?
美空 察しなさいよ。
葵 何を?
美空 だから……妹さんが、亡くなったってこと。

 葵、驚いて太陽を見る。太陽が頷いて、

葵 ごめんなさい。
太陽 え?
葵 ウチ……察するとか全然できなくて。
太陽 別にできなくてもいいんだよ。
葵 でも。
太陽 大丈夫。僕も察するのは苦手だから。
美空 え、そういう理屈?
太陽 今の話、夏子ちゃんには秘密ね。僕が約束を破ったことには変わりないから、言い訳はナシで。
夏子 何それ?

 夏子、隠れていられなくなって出てくる。

太陽 夏子ちゃん?
夏子 そんなこと急に言われても、困る。
太陽 え、いつから……?

 夏子、今度こそ保健室から出ていく。太陽は茫然としている。

葵 (太陽の肩を叩くなど)もしもし。
太陽 あ、はい?
葵 追いかけなくていいの?
太陽 (少し考えてから)うん、いい。
葵 じゃあ気になること聞いていい?
太陽 (訝しげに)どうぞ?
葵 太陽はこの夏、十年ぶりに青山さんに会ったんだよね?
太陽 うん。
葵 どうやって見つけたの?
美空 !
葵 しかもどうやって同じ学校に転校とかできたの?

 太陽、ニコニコしたまま答えない。

葵 もしかして太陽って――

 美空が葵の言葉を遮ろうとするが間に合わず、

葵 青山さんのストーカー?

 暗転。

  四場

 昼休み、ひとまず保健室登校で落ち着いた夏子が、太陽と共に教科書などを広げている。

太陽 ――で、こっちが英語の教科書。なんて書いてあるのかは僕にもさっぱり分からないから、美空ちゃんに何とかしてもらうつもり。
夏子 南田さんに?
太陽 すごく頭がいいんだって。
夏子 知ってる。
太陽 そりゃそうだ。僕より先にクラスメイトだったんだもんね。
夏子 ねえ、何であたしに構うの?
太陽 構いたいから?
夏子 ……。
太陽 僕は自分がこうしたいって思ったことをやってるだけなんだ。だから、夏子ちゃんに迷惑だって言われてもそれは仕方ないと思ってる。
夏子 何それ?
太陽 うーん。僕は「夏子ちゃんのためを思って」みたいな押しつけがましいことを言うつもりはないってことかな。
夏子 だったらどうして構うの?
太陽 ただ単に夏子ちゃんと一緒にいたいからだよ。今ならまだ出席日数も足りるかもしれないし、一緒に三年生になれたらいいなって。
夏子 今更どうだっていいよ。
太陽 ホントにどうだっていいと思ってるなら学校に来ないでしょう?
夏子 あんたが言うか。

 太陽、ニッと笑う。

太陽 夏子ちゃん自身、勉強のことが気になってきたんだとしたら、僕としては作戦成功かな。さあ、今度は美空ちゃんを口説き落とすぞ。

 チャイムが鳴る。

太陽 じゃ、また放課後に。

 教室へ戻る太陽。一人になった夏子は教科書をパラパラめくってみる。各教科目を通してみるがさっぱり分からない。が、少しだけ楽しくなっている。
 廊下から突然、海斗と大地の声。

大地(声) なあ、戻ろうぜ。
海斗(声) 教室戻って何すんだよ。
大地(声) そりゃ授業……って、海斗!

 夏子はとっさにまた身を隠す。それとほぼ同時に海斗、やや遅れて大地が入ってくる。

海斗 ……何で誰もいないんだ?
大地 まあそういうこともあるんじゃないの。
海斗 でもさっき太陽がここから出て来たぞ。
大地 で?
海斗 いや、なんか色々気になるじゃん。
大地 なんか色々、ね……。
海斗 何?
大地 別に。

 大地、夏子が広げていた教科書を見つけてしまう。慌てて海斗の様子を確認するが、特に気付いた様子はない。

大地 え、居座るの?
海斗 誰もいないし丁度いいじゃん。
大地 ああ、うん。

 大地、そっと教科書を目立たない場所へ。

海斗 それにしても平澤太陽って何者だろうな。あいつ転校生のくせにめっちゃこそこそしてるじゃん?
大地 大人しい転校生だっているだろう?
海斗 いるけど。大ちゃん俺のこと馬鹿だと思ってる?
大地 いや、そんなことは……。

 言いつつも大地、目を合わせられない。

海斗 最初に絡んだ時、大人しくしてるような奴には見えなかったじゃん。マジで一発シメとこうかと思ったわ。
大地 やめたんだ。
海斗 そういうの効く相手にも見えなかったし? 絶対面倒くせえ。
大地 ……海斗も色々考えてるんだなあ。
海斗 やっぱ俺のこと馬鹿だと思ってるよな。

 大地、慌てて首を振る。

大地 でも面倒くさいで言ったらダントツ面倒くさいのは瑞橋じゃねえ?
海斗 だな。
大地 分かってる割には突っかかってる気が……。
海斗 あれと同じやり取りを男相手にやってもつまらん。
大地 うわー。
海斗 何だよ?
大地 いや、別に。

 保健室でしばらくだれる海斗と大地。

海斗 暇だ。
大地 暇なら授業出れば?
海斗 あ?
大地 ……いや、確かに俺も暇だ。

 間。大地は先ほど見つけた教科書に関してこっそり推察を巡らせている。

海斗 なあ、青山夏子が学校来るってあれガセネタだったかなあ。
大地 (かなり不自然に)はい?
海斗 全然来ないじゃん。
大地 来たらどうすんの?
海斗 え?

 海斗、ニヤリと笑う。

大地 うわー。
海斗 俺まだ何も言ってないんだけど。
大地 うん、でもまあだいたい分かった。
海斗 そうか?
大地 楽しそうだね。
海斗 大地は楽しくないのか?
大地 俺は――

 チャイムが鳴る。

大地 授業が終わった。さ、帰ろうぜ。
海斗 待った。
大地 何?
海斗 いくら何でも長くね?
大地 何が?
海斗 誰もいない時間が。
大地 保健の先生だってたまには出かける用があるんじゃないの?
海斗 だとしたらフツー鍵かけてくじゃん。俺らみたいのが居座るから。
大地 自覚はあるんだ。
海斗 (聞いてない)ってことはだな。

 海斗、保健室の外も含めた周囲の様子を伺い出す。

大地 こういう時は鋭いんだよな。

 大地、先にあたりを付けていた隠れ場所に向かう。
 あっさりと見つかってしまった夏子が恐怖に震える。大地が声を掛けようとした瞬間、海斗が気付いて詰め寄ってくる。

海斗 大当たり!
大地 あー。
海斗 しかも青山じゃないか。学校来てるなんて知らなかったぜ。
夏子 ……。
海斗 なんか言ったらどうだよ。
夏子 ……。
海斗 シカトかよ。
夏子 ……。
海斗 大ちゃんも何か言ってやって?
大地 俺? ……えっと、よく来たな。
海斗 何それ? 歓迎の挨拶?
大地 え、ああ……。
海斗 お前こういう時使えねえよな。
大地 ……。
海斗 (夏子に)どうして来てるって教えてくれなかったんだよ。俺は結構淋しかったぜ?
夏子 ……。
海斗 しかもお前、勝手に転校生と仲良くなってたってことか?
大地 いや、そこ決めつけるのは――

 葵と美空登場。しかし美空は海斗に気付いてすぐにいなくなる。

葵 青山さん。

 間。

海斗 瑞橋? 何でお前が――
葵 あ、海斗。いじめはダメだよ。
海斗 は?
葵 (夏子に)太陽が先生に捕まってたから先に来ちゃった。それで美空がね、勉強見てくれるって。
大地 このタイミングで言うか。
海斗 何、南田?
葵 (いないことに気付いて)あれ、美空は?
海斗 何で俺の知らないところで話が進んでるわけ?
葵 海斗の情報網なんてそんなものだよ。
海斗 ああ?
葵 ていうか、いじめるって分かっててわざわざ海斗に教えようとは思わないもん。ね、大地?
大地 ……俺に振るか。
海斗 え、何? 大ちゃんも知ってたの?
大地 いや……。
夏子 知るわけないじゃん。

 やや間。

大地 え?
夏子 知られたら、その時点でもう来ない。

 海斗がじっと夏子を睨みつける。夏子がその視線に耐え切れなくなった頃に、

海斗 帰るか。
大地 え?
海斗 (ニヤニヤしながら夏子に)明日も来いよ。

 海斗、出ていく。

大地 あ、あのさ……。
海斗(声) おい、大地!
大地 じゃ。

 大地も出ていく。へたり込む夏子。

葵 海斗って馬鹿だよね。
夏子 ……。
葵 大丈夫?

 夏子、茫然としている。

葵 一人になりたいなら、出てくけど?
夏子 (首を振る)
葵 あ、あの……出てくって、ほったらかすってことじゃなくてさ、邪魔が入らないように表で――
夏子 大丈夫。
葵 ああ、うん。なら良かった。
夏子 ……良かった?
葵 だってほら、青山さんずっと「ほっといて!」って感じだったのに、誰かと一緒の方が心強いって思えるようになったわけでしょう?
夏子 (苦笑して)瑞橋さんって、そういうの全部言っちゃうよね。
葵 だって言わなきゃ分からないよ。

 夏子と葵が笑い合い、やや場が和んだところで美空が再登場。

美空 お待たせ。
葵 美空!
美空 とりあえず英語からやろうと思うんだけど、それならあたしのノートが――
葵 何で逃げたの?
美空 いや、だから……ノート……。
葵 そんなの後でいいんだよ。海斗を追っ払うのが先でしょ。
美空 ……それ、あたしがやるべきこと?
葵 当たり前じゃん。まあウチが追っ払えたわけでもないけど、置いてくのはひどくない?
美空 何で? あたしは勉強見てくれって頼まれただけなんだけど。
葵 だけ?
美空 そう。それに、海斗みたいなのに目を付けられたら迷惑この上ない。
葵 青山さんはその迷惑をこうむってるんだよ。
美空 あたしには関係ない。
葵 何それ?
夏子 真っ当な意見だよ。
葵 ……え?
夏子 普通はわざわざ巻き込まれに行かないって。
葵 でも、
夏子 さっき太陽が言ってたんだ。自分がこうしたいって思ったことをやってるだけだって。偽善者ぶったお節介よりもよっぽど信用できる気がした。
葵 どういうこと?
夏子 南田さん、あたしの勉強見てくれる気になったのはどうして?
美空 先生にまで頼まれちゃったから。青山さんが来てること知ってるならよろしく、って体よく使われたの。
夏子 さすが優等生。でも、それならまあ納得できる。瑞橋さんは? どうしてあたしに構うの?
葵 ……流れ?
夏子 ?
葵 太陽から青山さんのこと聞いて、なんとなく放っておけないと言うか……。
夏子 その「なんとなく」で浜崎君に食って掛かれるのはどうして?
葵 え? どうしてって、どうして?

 夏子と葵が困った顔で見つめ合う。

美空 葵の場合、海斗に突っかかるのが手間だと思ってないんでしょう。
葵 ああ、うん。それはそうだね。

 葵、少し意気込んでいる所作を見せてから、

葵 ホント言うとウチはね、青山さんが海斗にいじめられてるとは思ってなかったんだ。
夏子 はい?
葵 だって海斗は悪ぶってるだけでそんなに悪い奴じゃないし、青山さんのことも気に入っていじってる感じだったし。
夏子 あれで、気に入られてるの……?
美空 それは多分、そうだと思う。
葵 でも青山さんからすればすごく嫌なことだったんだって分かって。ウチ、つい最近まで不登校と海斗のいじりが全然つながってなかった。もしそれで知らずに傷つけてたとしたら……。
夏子 え、何? 勝手に罪悪感とか抱えてるの?
葵 違うよ、知りたくなったの。つまり、その……友達になってください!
夏子 ……。
葵 ダメ?
夏子 別に、いいけど。
葵 やった! よろしく、夏子。
夏子 早くも夏子。
葵 だって友達でしょう。ウチも葵で、よろしく。
美空 じゃあ、あたしも。
夏子 ……はい。
葵 友達なんだから、もう逃げないでよ。
美空 え、でも、あたしも海斗は苦手なんだけど。
夏子 じゃ、じゃあ、一緒に逃げましょう。
葵 それがいいや。他に何かない? 言えてなかった本音。
夏子 え?
葵 さすがにもうないか。
夏子 あ、じゃあ一つだけ。(別人のようになって)あんたさあ、知らなかったで済ませてくれちゃったけど、あんたも加害者だからね。
葵 へ?
夏子 無視を決め込んでたこいつ(美空)と違って、あんたは一緒になって笑ってたんだよ! その無神経なところ、絶対直しなさいよ。
葵 は、はい! すみませんでした!
夏子 (元に戻って)ってことくらいかな。
美空 夏子って……。

 若干引き気味の葵と美空に、ニコニコしている夏子。暗転。

  五場

 始業前の教室。またしても葵が一番乗りで現れる。

葵 おっはよう。ふふ。

 一人ウキウキしているところに夏子と太陽登場。

太陽 おはよう。
葵 わ、ホントに来た。

 と、太陽そっちのけで夏子に飛びつく葵。

葵 おはよう夏子!
夏子 お、おはよう。
葵 朝一番の誰もいない教室っていいでしょ?
夏子 うん、ちょっといいかも。
太陽 このまま居座ってくれてもいいんだよ。
夏子 それはどうかなあ……。
太陽 夏子、太陽、葵。ひまわりだね。
葵 あ、それ。前も聞いたけど何で太陽と葵でひまわりなの?
太陽 ひまわりってお日様に向かう葵って書くんだよ。
葵 そうなんだ。
夏子 ひまわり……。
太陽 ん?
夏子 十年前、あのひまわり畑で太陽に会わなかったら、今頃あたしは――
太陽 それは僕も一緒。あの日、夏子ちゃんに会わなかったら僕はこんなに笑えなかった。
夏子 そんなこと――
太陽 あるよ。だって、笑っていればそのうち何とかなるって、先に言ったのは夏子ちゃんなんだから。
夏子 そうなの?
太陽 やっぱり忘れてたか。
夏子 あ、あのさ……太陽、ありがとね。
太陽 え、ありがとう!
葵 ん?
太陽 夏子ちゃんが名前を呼んでくれたの、十年ぶりだ。
葵 そうなの?
夏子 ちょっと、タイミングが……
太陽 うん、ありがとう。

 美空が駆け込んでくる。

美空 あ、夏子! やっぱりこっちに。
葵 美空?
美空 行こう。思いのほか早く奴が来た。

 美空が夏子を連れ出そうとするが、先に海斗と大地が登場。

海斗 よう、青山。ちゃんと来たじゃねえか。
美空 あんたのせいで来られなかったって自覚はないのか。

 葵が海斗に向かっていくが、それを夏子が制止して。

夏子 浜崎君。
海斗 何だよ。
夏子 あたし、あなたのこと嫌いだわ。
海斗 ……はあ?
夏子 それだけ。

 夏子はさっと太陽たちの陰に隠れる。海斗が反撃しようと踏み出した瞬間、大地が声で制止する。

大地 海斗。
海斗 何だよ!
大地 女子に手を上げるのはまずいっしょ。
海斗 あ?
大地 ああ、ごめん。さすがにそんなことはしないか。
海斗 ……当たり前だろ!

 怒りの矛先に困った海斗は、椅子などを蹴っ飛ばして出ていく。

大地 (廊下に向かって)授業は?
海斗(声) 知るか!
大地 あーあー。

 割とあっさりしている大地。周りの注目を浴びて、間。

太陽 君、何者?
大地 ただの高校生だけど。太陽だってそうだろ?
太陽 え、うん。
大地 じゃあ海斗にそう伝えておく。
太陽 はあ?
大地 あいつといるのは結構面白いよ。単純だから扱いやすいし。
美空 え、もしかしてあんたの方が立場上なの?
大地 まさか。俺、ケンカできないし。いざという時の手綱の握り方くらいは心得てるって感じかな。
葵 心得てるなら――
大地 それ、瑞橋にだけは言われたくないんだけど。
葵 ……。
大地 あれがいじめだと認識できたのは青山の反応を見てからだった。悪かったな。
夏子 (首を振って)元浦君がブレーキ掛けてたのは本当だと思う。こっそり助けてくれたことも、あったよね?
大地 青山に言われちゃ世話ないや。
太陽 何それ? ずるい。
大地 太陽は正攻法で助けていればいいんだよ。
葵 そうだよ。絶対太陽の方が格好いいし。
太陽 ホント?(夏子に)
夏子 (戸惑いつつ)うん。
大地 じゃあまあ、連れ戻してくるわ。あれも成績ボロボロだから、なるべく授業は受けさせないとさ。
美空 そんなことまで気を遣ってるの?
大地 俺が好きでやってるだけ。じゃ。

 大地、海斗を探しに出ていく。

葵 あいつ、ただの腰巾着じゃなかったんだ。
美空 なんかムカつく。
葵 何が?
美空 海斗の操縦があいつにできてあたしにできないわけがないじゃない!
太陽 そこ?
美空 夏子、もう保健室で隠れてる必要はないから。
太陽 そしてそれ美空ちゃんが言うの?
美空 じゃあほら、太陽がビシッと決めて。
太陽 あ、えっと、夏子ちゃん。
夏子 はい。
太陽 クラスに戻ろう。
葵 そうだよ、もう保健室でも海斗が来るの変わらなそうだし。
太陽 葵ちゃん!
葵 てへ。でも、海斗はそんなに悪い奴じゃないよ。
夏子 ……そう、かな?
葵 それになんだっけ? 笑っていれば何とかなるんでしょう?
太陽 だからそれ僕の台詞。

 太陽と葵のやり取りに夏子が笑って、暗転。

  六場

 一年後、夏子の家(?)に全員集合。

五人 ハッピーバースデイ!
太陽 夏子ちゃんおめでとう!
夏子 ありがとう。
葵 夏休み誕生日っていいな。こうやってパーティーできるんだから。
美空 高三の夏だけど。
葵 ま、一日ぐらい平気でしょ。ウチの誕生日はもろ受験期だから祝う余裕ないよ。
海斗 俺みたいに就職するって決めてれば勉強で悩むことないぞ。
大地 学力的に進学あきらめた。
海斗 なんか言ったか?
大地 何も。

 大地のあしらい方が完全に板についてきており、他の面々は笑ってしまう。

太陽 じゃ、僕から誕生日プレゼント。
美空 え、皆で持ち寄ったお菓子が誕生日プレゼントって
海斗 そうそう。皆大変だからそうしようってって決めたじゃん。
葵 抜け駆けした。
太陽 十年前にあげるはずだった分ってことで。
夏子 え、そんな昔のこと……。
太陽 昔とか関係ない。はい。(渡す)
夏子 開けていい?
太陽 もちろん。
葵 え、何? 何が入ってるの?
美空 葵、突っ込みすぎ。
夏子 あ、ひまわり!

 出てきたアクセサリー的な何かを夏子が身に付けて見せる。

太陽 夏子ちゃんにぴったりでしょ。
葵 でも何か安っぽい。
美空 こら。
海斗 出た、瑞橋の爆弾発言。
太陽 気に入らなかった?
夏子 ううん、すごく嬉しい。
太陽 やっぱひまわりかなって。
美空 いいんじゃない?
夏子 ありがとう。
太陽 もう誕生日が嫌いとか、言わないよね。
夏子 うん。でも……。
葵 でも?
夏子 やっぱり死ぬのは八月十五日がいいかな。
太陽 え?
夏子 百歳の誕生日に「あ~、人生幸せだった。」って笑って死にたい。
大地 一年前に自殺しようとしてた人間の台詞かねえ。
海斗 自殺って?
大地 あー、分かってなかったか。
海斗 ああ?
大地 いや、何でもない。
美空 まあまあ。でもホント言うようになったよね。
太陽 百歳の誕生日か。なんか格好いいな。
夏子 あ、太陽はだめだよ。
太陽 何で?
夏子 それじゃ、太陽のほうが先に死んじゃう。
美空 太陽の誕生日、六月だもんね。
太陽 あ、そうか。
葵 ウチは最後まで生き残る。
美空 誰も葵のこと聞いてないし。
葵 美空が聞いててくれてるじゃん。
美空 あたしが相手しなかったら誰が相手するの?
葵 それもそうか。
美空 おい。

 葵と美空のやり取りに夏子が笑う。

太陽 そうそう、笑って。
葵 笑っていれば楽しくなる。
美空 幸せになれる?
太陽 夏子ちゃん幸せ?
夏子 うん、あたし幸せ!

 和やかにパーティーは続く。暗転。

                              〈了〉

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