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『別にいい人じゃなくていい』

 電車を降りるとポツポツ雨が降り出していた。俺は舌打ちを堪えてタクシーを探す。小さな駅だが、乗り場に一台だけ停まっていた。やった。と、足を速めたその瞬間――
 スッと何かが俺を追い越した。車椅子だった。

 ちょっと待て。お前もタクシー乗るのか? 一台しか停まっていない、俺が乗ろうとしていたその車に?

 すぐさまタクシーの窓を叩き、運転手が出てきた。運ちゃんも、客が俺ならボタン一つで済んだのに気の毒である。

 おや?

 どうやら乗車拒否に遭っているらしい。ざまあ。そのタクシーは俺がいただく。
 しかし次の瞬間、信じられないことが起こった。車椅子はタクシーに横付けし直したかと思うと、自ら車に乗り込んでしまったのだ。残ったのは乗り手のいない車椅子と、呆気に取られた運ちゃん。彼が諦めてトランクを開ける。
 今度は運ちゃんが大変だった。よく見ればなかなかのじいさんである。車椅子を積み込もうとするものの、足元が覚束ない。

 ……ああ、もう。

「貸しな」

 俺はトランクに車椅子を放り込んでいた。

「そんな手荒に……」
「あ?」

 そこはサービス業の精神なのか。せっかく手伝ってやったのに。

「大丈夫ですよ」
「え?」
「その程度で壊れる車椅子じゃないし、私の方が手荒に乗り回してます」

 若い女だった。あ、そうか彼女が乗っていたのか。

「すみません、タクシー乗ろうとしてましたよね?」
「え?」
「雨降り出して、一台しか停まってなくて、内心舌打ちして……」

 な、何でバレているのだ。

「立場的に怒られないだろうって全力で乗り込んじゃいました」

 あ、え? 彼女の話?

「そしたらお兄さん普通に手伝ってくださって、私の浅ましさだけが露呈する形に」
「いえ……」

 俺はただ、運ちゃんの手際の悪さにイライラしたのだ。優しさではない。優しさだったらもっと丁寧に積み込んだだろう。

「お兄さんどこまで行きます?」
「へ?」
「私の目的地、申し訳ないくらいすぐそこなんで、相乗りでよければ」

 驚いて運ちゃんを見ると、運ちゃんも驚いた顔を見せ、お任せしますと呟いた。

「じゃあ……」

 微笑んだ彼女はなかなか美人だった。
 もったいない。と、思ってしまった俺はやっぱりいい人なんかじゃない。

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