『この道を進む』
職員室を出ると表でアユムが待っていた。
「お疲れ、だいぶ絞られたみたいだね」
俺は白紙の進路希望調査を彼に突き付けてみせる。
「何でもいいから書いて出せ!」
「……何それ、先生のモノマネ?」
「似てなかったか」
相棒は笑って帰り道を歩き出す。
「進路希望って言われてもなあ」
「ごめんな。僕がもっといいキャッチャーだったら、ワタルは甲子園のスターだったかもしれないのに」
「は?」
「ワタルが大学に入るにはスポーツ推薦しかないだろう」
「……え、もしかして馬鹿にしてる?」
その問いは曖昧に受け流して彼は言う。
「実際、ワタルはいいピッチャーだったと思うよ。僕が言うんだから間違いない」
豪語するアユムは運動音痴だ。それこそ小学生の頃からずっとバッテリーを組んでいた俺が言うのだから間違いない。それでいて頭の回転が速く、周囲に勝負センスがあると思わせ続けてきた男である。
「アユムは進路調査なんて書いた?」
聞くと相棒は有名大学の名前を列挙する。
「とりあえず法学部に入って、大学院に行って、司法試験の勉強でもしながら弁護士事務所でアルバイトして――」
「弁護士?」
「やり手の女弁護士つかまえて専業主夫になる、とか?」
「……なんか、エリートコースから一気に脇道に逸れたぞ」
「何を言う。幸せな家庭って今じゃ最難関の就職先だぞ」
アユムが嘯いた。
帰り道はまだ終わらない。
「ねえ、腹減らない?」
「奇遇だね。僕も今、同じようなことを考えていたよ」
「ラーメンか牛丼かって?」
「どっちも回り道だけど」
何て言いつつ、俺たちの見解は一致する。
「まあ一本道なんてつまらないしな」
「それは何、帰り道の話?」
相棒はやっぱり曖昧に笑って、その道を曲がった。
〈了〉
こちらのコンテストに参加いたします。
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