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『JOKERに愛された男』第2回

 ともあれ大学に行かなければならない。
 僕はごく普通の学生だ。学業とサークルとアルバイトでほぼ完結する狭い世界で生きている。怪しい手紙を受け取ったところで講義をさぼる理由にはならない。
「それでこそ俺が見込んだ男だ」
「見込まれてるの?」
「えっと、そうだね。思わず口に出してしまうくらい、俺は健太郎のことを見込んでいるらしい」
 家を出た僕の隣を、松下潤が当然のように歩いている。
 年齢は僕よりも少し上だろうか。並んでいてさほど不自然はない。葬式みたいな黒のスーツもリクルートと大差ない。ただ……この男、まったくの手ぶらなのだ。財布やケータイさえ持っていないようで、例えば僕が電車やバスに乗ったらどうするつもりなのだろう。
「健太郎の大学はすぐそこだろう? 通学に電車を使わないことは知っているよ」
「いや、そういうことじゃ――」
 言いかけてから思い直した。そういうことなのかもしれない。僕が心配する義理はないのだから。
「でも、二限の講義は割と少人数なんだけど」
「つまり?」
「さすがに教室までついてこられたら、困る」
 潤が使った「困る」をお見舞いしても、表情一つ変わらない。
 しかし、予想に反して彼は教室棟に入るところで背を向けた。ついてくる気はないらしい。
「……」
 それはそれで気になるではないか。
 僕は授業を諦めて後を追う。奴は講堂の脇を抜け、まっすぐ歩いていく。この先にあるのは学食と図書館、そしてサークル棟だ。そもそも潤は「個人的に知りたいことがある」と言って僕に付きまとっている。とすれば……。
 潤はサークル棟に足を踏み入れた。
 すぐそこにエレベーターもあるが彼は迷わず階段を上る。二階は素通りだった。三階も。四階もそうであってほしかったが目的地はそこだった。
 サークル棟の四一三号室、僕が所属するテーブルゲーム同好会の部室だ。
 潤が扉をノックする。そうして出てきた相手に僕はもう驚かなかった。もし彼が僕を探っているのなら、まずは彼女に話を聞こうとするだろう。僕は二人の間に割って入った。
「何しているんですか?」
「やっぱり来たね、健太郎」
「何? え、坂本くん?」
 桐谷鈴香先輩が大きな瞳を瞬かせた。

                              <続く>

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